第3話 闇獣霊の襲来 (2)
カインが別荘だと言い張った家が目の前にある。洋風の建築で、所々にレンガが使用されている家。所々にツタが生い茂っていて、周りの風景に合っていた。
「悪いな。慣れていないのは十分承知していたつもりだったんだが、ちょっと配慮が足りなかったようだ。次からはもっと優しい方法を試してみるよ」
どうやらダメージをくらったのは僕だけのようで、草の上に僕が寝転んでいる状態だった。通りで視界がおかしい訳だ。
「痛みに耐えているところ申し訳ない、どうやらあの家には悪者が入ったようだ」
その言葉を聞いて驚き、その勢いを利用して立ち上がった。
悪者? そう聞いてドアを見る。何もなっていない。次に窓を見る。……かなり大きな穴が開いている。遠目でもわかるほどに被害は大きいものだった。
「できれば人間であって欲しいな。意思疎通が取れるならどんな種族でも構わないが、流石に獣の類だと手段が限られてくるぞ」
ジャラジャラと枷と主を繋ぐ鎖が地面に擦れ、音を立てる。それほど鎖は長くない、必然的に僕らはカインについて行くことになる。
「何故ついてくる?」
……カインは案外、馬鹿なのかもしれない。いや、馬鹿だ。
「鎖が……」
僕が控えめにそう言うとカインはすぐに気づいた。
「私は信じているぞ、逃げないってな」
ガギンッ。開錠というより破壊に近い感じで手足の枷を外す。僕らは逃げようと思えば逃げられるし、逃げないこともできる。唐突にして重大な選択が投げられたのだ。
「枷に使われている金属、中身は適当なものだが表面は銀だ。まぁ
ヴァンパイア? この中にヴァンパイアが混ざっているのか? だとしたら日光に当たると灰になってしまうのでは、という疑問が浮かびすぐに彼らを見る。けれど、誰一人として灰になっていない。
カインは馬鹿で妄想癖でもあるのだろうか。
僕らを気に留めることなく家の中を確認しに行ったカイン。カインは灯りを持っていない、そしてまぁまぁ距離が離れていることから中の様子までは見えなかった。
「……おい、お前ら?」
会場内通路で忠告をしてきた青年が声をかけた。
「うん? 何?」
反射で僕はそれに返す。青年は僕に目を合わせることなく話し始めた。
「逃げる奴、おらんの?」
そうだ、今カインは僕たちの枷を外して家の様子を見に行っている今なら逃げることだって可能だろう。けれど、逃げてもいいのだろうか。僕には迷いがあった。
「……」
まだ言葉を交わしたことの無い少年は今も、意思疎通を取る気は無いらしい。少女の方は、周りの意見に従う、というスタンスを取るようで自分の意見を言うつもりはないらしい。
「事情は知らんけどさ、あのまま従うっていうのもおかしいやろ」
「でも、逃げたとしてその後はどうするの?」
僕は素直な疑問をぶつけた。行く先が無ければ僕らはカインにすぐ捕まってしまうかもしれない。逃げたことで痛い思いをするのなら、最初から逃げなければ良かったと後悔するだろう。
「考えてない。考えてないけど、あの悪魔の元から離れることを第一に考えた方が、絶対に良いに決まってる。お前らが逃げないんやったら、俺だけでも逃げるで」
「……ねぇ。あれ、見て……」
言い争いになりかけている僕らに少女が話しかける。少女が指した方には真っ黒な揺らめく物体がいた。物体というより生物だということに気づくのには、さほど時間はかからなかった。
狼の姿で黒い影のようなものを揺らめかして、目は青白く光っている。白い牙が見え隠れし、荒い呼吸の音が聞こえてきた。その化け物は僕らの方を見ていて、離さない。
化け物は僕たちを敵とみなしているようで、長い真っ赤な舌をにょろにょろと動かしている。コイツは機会をうかがっては、僕らを食べようとしているのかもしれない。
「チッ……」
誰のものかわからないが、ある程度は誰のものか予想がつく舌打ち。僕らはカインのように魔法が使えない。いくら枷が無いとはいえ、戦う手段も持っていない僕らにできることは二つだった。
カインに頼るか、逃げるか。
恐怖で足が動かなくなってしまった。今更だが手足が若干震えている。僕は怖いのだ。それが死への恐怖か、獣に対する恐怖か、どちらにせよ恐れを抱いていることに変わりない。
「助けろよ、レフローディ」
声の主は意外な人物だった。今まで一言も言葉を発していない青年がようやく話したと思えば、それは助けを求める声だった。
彼の発言で先ほどまで作戦のうちの一つ「逃げる」が失われたも同然だった。
黒い靄が砂のように飛んできて、それが集まり形作る。僕らよりも背の小さい人の形になったところで、輪郭がハッキリとし、僕らの知っているカインが突如として現れた。
「人に頼む態度というものを考えてくれ。
カインの言うヴァンパイアとは、無口な彼の事だったのだ。
「後でいくらでも褒めてあげるから、殺って?」
「依頼と報酬がイコールじゃないことに対して何か意見は?」
「ん? 何か言った?」
元から知り合いだったのだろうか。初めてにしてはやけに馴れ馴れしい会話を繰り広げる。その間にもじりじりと影の狼は近づいてきている。
「《
カインが率先して前に行く。死や痛みを恐れずに敵に立ち向かう姿はどうしてか、かっこよく思えた。カインは少しだけ首をこちらに向けて微笑んだ。
「《
グルルルルゥ……、と唸り声を上げる《
「意思疎通ができたなら、逃がすことも考えられたのに。所詮は成仏もできない劣等種族に過ぎないんだな。お前らも」
カインは目を細めて、スゥゥーっと息を吸う。左手を前に出して、言葉を連ねる。
『
カインの目には遠くまで広がる新緑の草原が映っていた。それが上書きされて、神秘的な蒼白の光の瞳になる。海でも空でも無い、見たことの無い孤独な色でもあった。
孤独な色は《
その三角形の中から同色の槍が勢いよく突き出す。そのまま刃は影を貫き、切り裂いて突き抜けた。《
そのまま影は空気に溶けだして、塵となりその場所から存在を消した。
「杖の無い状態で二回も魔法を使うとは思ってもいなかった……」
カインはその場に座り込む。疲れ切ってしまったカインはただの幼女と変わらない。僕らはこんな子供に買われたのかと思うと、猛烈な劣等感に襲われる。このことに関しては考えるだけ悲しくなるのでやめた。
「家の中には使用人が二人いたんだ。家事全般が得意な使用人だったが、戦う術は持っていなくてね。案の定食い荒らされて死んでいたよ」
どこか遠くを見つめて、そのまま話さなくなってしまった。
他の人たちも立ちっぱなしで疲れたのか、その場に座り込んで休み始めた。僕はさほど疲れていなかったが、周りの人たちが皆座り始めたので僕も座った。
それほど疲れていないと思っていたのはどうやら思い込みで、身体、特に足は座った途端に怠さが五倍ほど増したように感じた。緊張した状態が長時間続いたせいで、感覚が麻痺していた可能性がある。
「どうせ歩くこともできないだろう。良い機会だ、自己紹介でもしようじゃないか」
カインがそう言った。カイン以外の人物の名前を知らないのはお互い同じことで、そろそろ呼び名が無いと不便だと思っていた頃だった。
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