第8話 泣いた泣けた

 自然と目が覚めた。頭をフル回転していたせいか、深い眠りだった。時計を確認するとまだ朝の6時を過ぎたぐらいだ。もう一眠りしようかと思ったが、スマホの着信に気付いた。


 華子からの着信だ。俺が寝ている間に5件もの記録が残っている。何か急ぎの連絡だったのか。メッセージは何も送られていなかった。俺は妙な胸騒ぎがしたが、電話ではなくメッセージを送った。


【なにかあった?大丈夫か?】


 すぐに既読にはならなかったが、まだ朝も早いし返事を待とうと思っていた。それまでに昨日書いた詞を見直すことにした。


 改めて自分の書いた詞をみていると、なんとも言えない感情になった。恥ずかしいような、歯がゆいような。自分だけがわかるようにいれたキーワードに情が入ったり、それを隠すようにありきたりな言葉を使ったりと、自分の作りだした世界で自分が伝えたいことを自分が汲み取ろうとしている。

 とても狭い世界なのだけれど、それはとても居心地の世界だとも思った。


 なんとなく自分の詞がまとまってきたので一息つくと、どういう詞が評価されているのか気になってきた。感動、泣ける、前向きになれる、元気が出るなどのキーワードで詞を検索してみる。

 多くの歌や歌手がスマホの画面を埋める。聴いたことのある名曲から名前も知らない歌手。一般の人の結婚式での一場面など様々だ。


 その中に《絶対泣ける歌を歌う少女が生放送で放送事故》という動画がバズってるという記事が目に止まった。その記事には動画の少女の歌を聴くと絶対に誰でも泣いてしまうというのだ。記事を書いた本人も泣いたと書いてある。ただ最後までみるかたは閲覧注意とも書いてあった。


 俺は興味本位でその動画を開いてみる。コメント欄には多くのコメントがあり、マジで泣いた、嘘だろ、何度泣けるなど本当かはわからないが泣いた報告ばかりだった。

 最後の閲覧注意はその少女が緊張の為か歌唱後に嘔吐してしまうということも書かれていた。


 俺も聴いてみる。10歳ぐらいの少女がにこにこしながら登場し、司会者が少女の紹介をする。歌自慢的な番組企画ではなく、天才キッズ紹介みたいな感じだ。内容は一度聴いた曲は完璧に耳コピできる的なやつだた。少女が知らない歌謡曲を聞かせて、すぐ歌うみたいだ。


 昭和のラブソングを歌うみたいだ。俺もよく知らない曲だ。少女は一度その曲を聴くと、すぐにアカペラで歌いだした。司会者は、少し慌てた様子だったがすぐに会場の雰囲気が変わった。審査員のような人達もほのぼのとした表情からぐっと真剣な表情になるのが映される。

 少女が歌い終わると司会者が口を開く。


「本来なら音源が流れてから歌っていただくはずだったのですが、彼女の歌に圧倒されてしまいました。本当に素晴らしい歌声でした」


 その司会者の目には涙が溢れていて、同じく審査員も皆泣いていた。その直後に少女は一礼をすると、その場にしゃがみ込み嘔吐していたと思われる場面で動画は終わっていた。


 俺も泣いていた。よくわからないがなぜか泣いていた。


 俺はこの少女のことが気になり、調べてみるが多くの推測がでるばかりで、どれも噂程度の情報だった。音楽の英才教育を受けて今は音大生だとか、当時から大病を患っていて今は亡くなっているだとか、今も大手レコード会社から口説かれているが断り続けているなど。なかには裏社会の人間から狙われて表では活動できないなどと、結局は何もわからなかった。

 名前も紹介ではあだ名で紹介されていて、それ以上の情報は無かった。


 この動画の他にも泣ける歌や感動する歌というものがあり、どれも良いものだったが本当に泣けたのはその少女のものだけだった。


 華子はこの動画知ってるかな?今度聞いてみるか。華子へのメッセージはまだ既読になっていなかった。


 バイトの時間が迫ってきても華子からの連絡はなく、バイト終わりに電話しようと思いながら職場へ向かった。

 職場仲間に今日みた動画の話をしてみた。


「絶対泣ける動画って知ってる?」


「あぁー バズってるやつ?それなら知ってる」


「そうそう みた?」


「いや 開いたらどっかに飛ばす釣りかと思ってみてないっす」


「あぁ そういうやつじゃなかったよ」


「みたんすか?泣きました?」


「それがマジで泣いた」


「私もみたよ!ほんとに泣けるんだよね!」


「マジっすか!?そんなに良い歌なんすか?」


 そんな会話をしていると、確かにそんな泣くほど良い歌だったのかと言われると説明が難しい。あの感覚は何に例えればいいのだろう。


「あの子デビューするみたいだよね」


「えっ?それどこ情報?」


「あー正確には自称らしいんだけど」


「あの動画がバズったことで自称あの子が多く出てきてその中から当時の番組ディレクターが認めた子が一人いたみたいで」


「へーそうなん」


「まぁそのディレクターも今はフリーでなんか怪しいけどそういう話らしい」


「なにで知ったん?」


「私の友達が地下アイドルやっててその子がそのディレクターと一緒に仕事したときに自慢気に話してたんだって」


「へー なるほどねー」


 なんだか胡散臭い話だけど、もし本当ならその子の歌を聴いてみたいとも思った。それにその子に負けないぐらいの才能の華子がいることを世の中に知らせたいとも思い、勝手に対抗心を燃やしていた。


 バイトが終わり、華子が昨日くれた電話の用件よりも今日みた動画のことと、その動画に負けないぐらいのものが華子とならできそうということを話したいと思っていた。




 華子に電話を掛けるとプッとすぐに電話をとる音がする。


「出るの早いな!ごめん待って…」



「お掛けになった電話番号は現在使われておりません」



 その日から華子と連絡が取れなくなった。

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