第7話 一期一会
冷たい目の彼は淡々と話してくれた。
「他の人はわからないですけど、自分の場合は全部計算です。例えば季節の行事を軸にして。卒業ソングだったりクリスマスソングだったり。あとは流行りものや言葉を組み合わせて、こういう経験あったなとか、身近に感じれるようにって感じですね」
「そういうものなんですね」
俺はもっと感覚的なもので詞を書いているのだと思っていた。
「まぁ本来はもっと自由でいいものだと思いますよ」
彼はふっと息を漏らした。少し鼻で笑ったかのように見えた。話の途中で彼女が彼に近づき何かを耳打ちした。それを聞いた彼の表情が少し緩んだように思えた。
「お兄さんなら良い詞を書けると思いますよ」
「えっ?そうですかぁ?」
彼女に注意でもされたのか、根拠の無い急なお世辞に少し戸惑っていると、彼女が名刺を渡してきた。
「実は私たち小さな事務所なんですけど、一応そこに所属してるんです 全然売れて無いんですけど良かったらライブとかに来てくださいね」
名刺を受け取ると、いつの間にか片付けが終わっていたみたいだ。俺は軽く会釈をしお礼を一言添えてその場を離れた。
家に着くとポケットに入れた名刺を取り出した。なんとなく営業的なやり取りが苦手だったせいもあり、あまり名刺をみずにいた。改めて名刺に書いてある文字に目を通す。
表には【三半奇感】と書かれていた。裏にはQRコードが張られている。【さんはんきかん】と読むのだろうか?これがバンド名みたいなものなのか?俺は張られていたQRコードを読み取ってみると、ホームページが表示された。
ブログのような活動報告や歌っている彼女の写真が見れるようだ。ちょうど次のライブの告知が更新されていた。特に行こうとは思っていなかったがなんとなく日時と場所は頭の中に入れておいた。
何気なく画面をスクロールしていると【歌詞一覧】という項目を見つけた。それを開いてみると三曲分の歌詞があった。一曲目は【桜卒業前線】という曲名の卒業ソングで、二曲目は【ホワイトシングルベル】という曲名のクリスマスソング。俺は彼の言っていた「全部計算」を思い出し歌詞を眺めていく。
改めて計算で作ったということを頭に置き文字だけみると確かにそうだなと思い、歌詞を書くには感情よりも頭が良くないと書けない。つまりやっぱ俺には無理だと思った。
まぁプロじゃないしそもそも売れる詞を書けと言われている訳でも無いのだが、俺は華子の期待に応えたいと思っていた。
もしかしたらただの華子の気まぐれで、ほんとになんでもテキトーな感じでいいのかも知れないが、万が一俺に何かの可能性を感じてくれたのなら、単純にめちゃくちゃ嬉しかった。
それに俺は金を刷れるようになってから最悪金があればなんとでもなると思っていたが、このことは金で解決できない。俺の自力にかかっているからだ。
結局のところ金をする男としての力は、今の自分にはできないことを確認させるだけのものだ。
そんなことを考えながら三曲目の【君と結婚できてほんとによかった】という曲名のラブソングの歌詞を眺めていると半分ほど目を通して気付いた。この歌は今日彼女達が最後に披露した曲だ。
あれ?この歌失恋ソングだったと思ったけど、改めて歌詞をみると全然失恋ソングじゃないし、そもそもタイトルも失恋ぽくない。
俺の記憶違いなのかと思ったが、歌詞を意識して聴いていたので細かい違いはあっても大きな違いは無いはず。似たような詞の違う曲だったのか?
もう一度聴いてみたくなりネットで探してみることにしたが、見つけることはできなかった。もやもやする気持ちがあるが、またあの場所で歌っているかもしれないし、ライブもある。そこでもう一度聴けばいいかと自分を納得させた。
それと歌詞を見ていてふと思い付いたこともあった。まぁ歌詞はまだ全然浮かばないが、一つのテーマが浮かんだ。歌詞に意識がいきすぎて忘れていたが普通曲には曲名がある。俺はとりあえず曲名を決めた。
【一期一会(仮)】
仮なのは歌詞は頼んだけど、曲名は頼んでないと言われるかも知れないからな。
詞を書こうとするきっかけは華子と出会ったから、どうやって書けばいいのかのヒントは今日彼女達と出会ったことから。加えて完成までにまた出会いがあると願いを込めて。
曲名という方向性が決まると不思議と詞が書けそうになってきた。
俺は曲名に関連しそうな単語やワードを片っぱしから書き出した。継ぎ接ぎだが文字が埋まり言葉になり、詞になっている気がしてきた。
どのぐらいの文字数とか同じような意味とか関係なくひたすら書き出して、繋げていった。その作業は深夜まで続き俺は気付いたら寝てしまっていた。
華子からの着信に気付かないまま。
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