第6話 冷たい目の彼
華子の歌を聴いている俺は催眠術にでもかかったかのように、彼女の発する一語一語に心を揺さぶられた。まるで洗脳されたかのように、彼女の歌を欲している。
「いや、すげぇ良い歌じゃん マジで」
俺はあまり感情を出すほうでは無いのだが、このときは心の底から感動したことを伝えようと少し声が上ずっていた。
ほんの数十秒聴いただけだったが、一つの大作映画を見たような余韻が残っていた。
華子は瞑っていた目を開け、俺の顔を見た。
「泣いてる?」
恥ずかしさがあったが、正直に伝えようと思った。
「あぁ それぐらい良い歌だった」
華子は残念そうな顔をした。その表情の意図はわからない。
「うっ!」
華子は口を押さえた。突然立ち上がり席を離れていく。いきなりのことだったので彼女を目で追っていくと、御手洗いと書いてあるほうに走っていった。
俺は少し安心したが、体調が悪いのかと心配にもなった。暫くすると華子が戻ってくるのが見えた。
「ごめん ごめん」
半笑いの軽い口調で何事も無かったかのように席に着く華子の表情はすっきりしているように見えた。
「大丈夫か?体調悪くなったのか?」
「全然大丈夫だよー」
あっけらかんとした感じでテーブルの肉を焼き始める。体調は大丈夫そうだ。
「で、作詞は頼んだからね」
「あぁ、まぁ、じゃあとりあえずテーマみたいのくれないか?」
作詞なんて全然できる気がしないが、華子の歌声なら正直詞なんてなんでも良いと思っている自分がいた。完全に舐めていた。
「テーマ? あーそうねー」
「じゃああたしの嫌いなもので!」
「嫌いなものって?」
前にもこんな話をしたことがあるような気がする。なんだったっけ?俺は思い出そうとしたが確か答えは出なかったような。
「それはイッチーが考えてー わかんなかったらなんでもいいからさー」
結局なんでもいいってことか。酒で酔いがまわり、焼肉で腹が満たされ、忘れていた眠気も襲いかかり頭がまわらなくなってきた。
「よし、じゃあ俺の詞に文句いうなよ」
「はーい 楽しみにしてる」
華子は嬉しそうに肉を頬張る。酒もよく飲むと思ったが、肉もよく食べるな。とりあえず酒と肉は嫌いじゃないってことはわかった。
華子と別れた帰り道に華子が歌ってくれたメロディーを口ずさもうとしたが、全く思い出せなかった。あんなに良い歌だと思ったのに。
華子とのデートから一週間経ち、俺は詞を書くことの難しさを痛感していた。
あの日から色々な日常を意識するようになっていた。それは詞を書くネタになると思ったからだ。しかし、意識すればするほど難しい。妙にカッコつけたような表現や、ただの状況説明。
今まで一から作り始めることだけだった俺は、0から何かを作るということの難しさを改めて思い知らされた。
やはりちゃんとテーマを貰うべきだった。そんな感じで一週間経った今も一文字も書けず街をふらふらしているのだ。
せっかくの休みだが何も成果はなさそうだと思っていると、前に路上で歌っていた二人組がいるのに気付いた。二人のまわりには既に何人か立ち止まっている。俺も聴いていこうと思い二人の前で足を止めた。
「足を止めていただきありがとうございます!」
そういうと歌い始める。俺でも知っている懐メロや流行りの曲を続けていく。合間に自己紹介を挟んだりし、徐々に聴いている人が増えていく。ボーカルの女の子のルックスが良いせいか、もともとファンがいるのかはわからないがちょっとしたコンサートみたいになってきた。
「それでは、最後の曲になりました。」
今までは有名な曲のカバーだったが、最後はオリジナルの曲みたいだ。緩やかなバラードのラブソングだった。俺は詞を意識しながら聴いていた。失恋から立ち直るみたいな感じだろうか。
なかなか良い歌だったと思いながらふとまわりを見るとさっきまでいた数十人が数人になっていた。
片付け始めている二人の前で最後の歌の詞を頭の中で繰り返していると、ボーカルの子と目があってしまった。
「ありがとうございました」
にこっと笑いながら言ってくれたので俺も思わず返答してしまった。
「最後の歌良かったですね」
「ほんとですか!ありがとうございます」
「前向きに立ち直っていく感じが…」
つい詞のことを考えていて感想というか、評論みたいなことを言っている自分にはっとしたがボーカルの子は話を続けてくれた。
「ちゃんと聴いてくれて嬉しいです!そうなんですよ、悲しいだけの歌じゃないんです」
「えっとー、詞はどちらが?」
俺は業界の人でもないし、熱狂的なファンでもないが作詞の為のヒントになると思い会話を続けようと思った。
「詞は彼が」
そう答えると彼女はもう一人のほうを見て手招きをする。手招き気づき近づいてくる。
「ありがとうございます 何かようですか?」
言葉とは裏腹に冷めた目で俺を見てくる。まぁ彼女?に馴れ馴れしくされたらこんな目になるのだろう。
俺は最後の曲を誉めつつ、詞を書くことになったが全然書けないのでどうやって書いてるのかを知りたいと簡潔に説明した。
「全部計算ですよ」
彼は冷たい目のままそう答えた。
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