第23話魔王との対話


 ミルヒーは、持っている魔道具を発動させ、地面に設置した。

 すると、すぐさま窓のような画面が開き、魔王ルクスリアの姿が現れた。

 ルクスリアは、自分の左目に向かって左手でピースした。

「こんにちはみなさん。今日はちょっぴり、シビアな話をしに来たから、この程度のおちゃめしかできないのを許してもらいたいの」

 それいるか? とは到底誰も言えないぐらい空気は張り詰めている。

 どれだけ彼女がふざけていても、魔王という存在は、この世界で圧倒的な意味を持っていた。

 ルクスリアはピースをやめて、姿勢を正す。

「おのおの話しをしたいことがあるでしょうが、順番を決めましょう。まずはルーチェ姫。あなたに3つ説明するわ。一つは不幸なこと、もう一つはもっと不幸なこと、最後の一つは幸福なことよ」

「魔王であるあなたが、裏で暗躍をしていたんですの?」

 ルーチェの質問に対し、ルクスリアは、話を遮られたことで、むっと口を閉ざす。

「このときのために、すごくすごーく考えてきたのよ? 全部の疑問を含めて話すのだから、まずは聞きなさい」

 両手をぎゅっと脇で締めて、無駄にでかい大きな胸が揺らしている。

 納得したわけではないが、ルーチェは黙った。

 何せ相手は500年ほど前から君臨し、無敗の魔王である。

 この様子に満足したのか、ルクスリアは話し始めた。

「まず、そこの執事と大臣を兼任していた男は、魔人よ」

「やはり……」とルーチェは漏らす。

「もう一つ、あなたの隣にいる王様も、実は魔人なのよ」

「え」

 これは想定していなかったのか、ルーチェは動揺し、タンスを見るも、タンスは目を伏せていた。

「ここまでは人間として育てられたあなたにとっては不幸だったと言えるでしょう。あなたが人間と思っていた人々は、実は魔人だったのだから。

 でもこれを聞いて安心して欲しいの…おほん。じゃじゃーん! 最後の一つはなんと! あなたは人間と魔人の子なのでした!  

 見た目が人間のあなたを魔人側で保護することができない、だから人と魔人が住むハーフの国を作ったの。

 ちなみにこれはフールも何十年も前から了承済みよ。

 あなたは、ハーフでありながら器を持ち、魔力回路を持っている特別性。本当の意味で姫だったのよ、良かったわね。

 てなわけで、魔人とあなたが争う理由は皆無となったわ。

 はい、これで問題も全部解決、ハッピーエンド!」

 パチパチパチとルクスリアは拍手する。

 だが、誰も喜んでいないので、さすがに拍手をやめ、顎に手をかけ困惑した。

「おかしいわ。思い描いていたものと違う」

(むしろ受け入れられると何で思ったんだ)

 寝太郎にだってわかる、自分が信じていたアイデンティティが、いくつも崩壊したのだ。

 ルーチェが簡単に受け入れられるものではない。

「わたくしが魔人である証拠など無い。謀っているのですわね」

「ふ、簡単なことよ。少女がゴリラになれるわけがない。それはあなたが魔人だからなの」

 そう言われてしまうと、寝太郎にとっても、納得できないでいた事象にも根拠があって、そういうものなのか、と思ってしまった。

 某漫画でも、「わたしはあと2回変身できます」と言っている。

 ルーチェは絶望して膝をついた。

「そ、そんなわけが」

「嘘偽りなしの100%真実なの」

 ルクスリアは、ずばりそうなのだ、とばかりに右手の人差し指を一本立てた。

 ルーチェは、沈んだ表情で、うつむいた。

「そんなわけ…そんなわけあるかああああああああああああああああああああああ!!」

 突如としてルーチェを中心に巻き怒る業風。

 立ち上がった彼女の周囲から溢れ出る力の本流によって、森の魔素は共鳴し、一つの旋風と化していた。

「あら? 何か段取り間違えたかしら?」

 ルクスリアはそんなトボけてたことを言っている。

 天然なのか計算なのか、それはともかく、ブチギレかましているルーチェを止める術は、もはや周囲の人々には無かった。

「やはりお前は魔王! 魔王であるお前をわたくしは倒す!」

「現実を受け入れられないから駄々をこねるなんて、しょうのない子ね」

「黙りなさい! もう真実かどうかんてんどうでもいい! 勝てば正義なのですわ!」

 寝太郎は、傍観者であるが、「力こそ正義」という名セリフを思い出していた。ワンパンチで勝負がつくならそれでも良いが、相手は魔王である、ルーチェに勝算があるのかないのかと言えば、無いだろう。

 事情が複雑過ぎてブチギレかましている、ただそれだけである。

 ルクスリアは、頬に手を当て、残念そうに肩をすくめた。

「久々に力を使うしかなさそうね。これでも食らいなさい。魔王ちゃん鉄拳制裁パンチ!」

 ルクスリアは、画面からやや早い拳をまっすぐ繰り出した。

 届くはずがないが、ルーチェは、顔面をガードするために腕を持ち上げた。

「うぁ!?」

 まるで膝蹴りでも入ったかのように、ルーチェのお腹に、一撃が入る。

「えい、やあ、それ」

 ルクスリアは、それからも画面の外から身振り手振りを見せるが、その攻撃と、ルーチェに当たっている箇所は一切一致しなかった。

 一方的な攻撃を、ルーチェのあいだに割って入って止める者が現れる。

 ウィスパーとタンスであった。

 ウィスパーは魔王に向かって言った。

「お、おやめください! 魔王様! 姫様が死んでしまいます!!」

 魔王は呼びかけにも一切従わずに、「えい」と言って一撃を放った。

「がぁ!?」

 ウィスパーは顔に一撃をもらうも耐えていた。口から血を流し、ルーチェの壁として、立ちふさがる。

 この様子を見てから、ルクスリアは、再びゆったりとした姿勢に戻り、顎に手をついた。

「いいでしょう。その子を連れて、人間に近い魔人であることを教え、説得しなさい、でなければ」

「感謝します。魔王様」

 ウィスパーは、最後の言葉を待つより早く、丁寧に頭を下げる。

 彼はすぐさまルーチェを介抱していたのだが、気絶したルーチェの姿は、少女の姿に戻っていた。

 彼女の鼻から垂れた血の色を見て、寝太郎は、魔王の言っていることが事実である、と理解する。

 以前、ミルヒーの傷から見た色と同じであったからだ。

 おそらく、彼女は人間の色を知らないで育てられた。この点からしても、魔王の言った話しが、戯言ではなかったと言える。

 大臣やタンスやルーチェ、その他の兵士たちは、魔道具を使い、森から去っていった。

 残されたのは、寝太郎とミルヒーとコロナと魔王だけとなる。

「ようやくあなたの順番になったわね。東方の勇者くん」

 寝太郎は、いろんなことがあったのに爆睡しているコロナを背中にしつつ、魔王を前にした。

 寝太郎にはすでに理解できていることがあった。

(絶対俺より頭いいんだろうな)

「わたしに聞きたいことが何か無いかしら」

「うーん」

「何を悩むことがあるの? さぁ遠慮せずに述べなさい」 

「いや、やっぱいいや」

「やっぱいい、とは?」

「質問はない」

「質問がないはずがないでしょう? あなたの目の前にすべてを答えてくれる人がいるのよ?」

「答えてくれたか? 全部」

「どうかしら、あなたの質問次第よ」

「じゃあいいや」

 寝太郎は、コロナに背を預ける。

「何この子。ひねくれ坊主なの?」

「魔王様、こいつはこういうやつなんです」

 ミルヒーが代わりに答えてくれた。彼女とは、一週間ぐらいしか過ごしていないが、よく分かっているな、と寝太郎は思った。

 魔王は、納得がいかない様子で、少しむくれた。

「あなたにミルヒーを当てたことを疑問に思わないの?」

「言ったのか?」

「言わない。適当に茶化す予定だったもの」

「だよな」

「むぅ。なら、わたしがフールの研究室から回収した物質のことは気にならないの?」

「答えたのか」

「答えない。別の話しにすり替えて、手のひらで踊らせるつもりだったもの」

「あんたいい性格してるな」

「いやぁ。それほどでも~」

 ク○しんかよ、と内心突っ込んだが言葉にしなかった。

「褒めてない」

「うふふ。あなたと話してると、気楽で楽しいわ。みんなこのノリがわかってくれないの」

「別に俺もわかってるわけじゃないんだが」

「少なくとも通じている。皆、一様に魔王であることに畏怖するというのに」

「あんたがその気になったら俺をボコボコにできるからだろ。でもこれまで一切そんなことをしなかったのは、むしろあんたは俺を守ってたからだ」

「そこまで理解できるとは。いいわね」

「あんたに褒められると、馬鹿にされてるように聞こえる」

「素直な感想よ。なぜならあなたは、詐欺師に操られず、勇者を名乗らなかった」

 詐欺師と言われて、一瞬誰かと思ったが、寝太郎はすぐさまイルカの姿が思い浮かんだ。

 魔王は続ける。

「もしあなたが仮に、勇者を名乗って、頑張っていたら、あの国ごと消えていたかもしれないわね」

 ルクスリアは軽く述べているが、冗談ではないのだろうな、と思った。

「あんたがすべてを仕組んでいた、とかなら分かりやすいんだが」

「わたしは魔王よ、外にも内にも敵は多い。例えば、あなたがフールの事件で巻き込まれた事件がその一つ。あれは助かったわね、危うく人類が半分以上消えるところだった」

「どんだけ滅びやすいんだよこの世界は」

「ふふふふ。気になってきたでしょ? 今気分がいいから答えちゃうかもしれないわよ?」

「……いいよ別に」

「頑なになって、ほんと可愛い子」

「魔王様」

 ミルヒーに水をさされ、魔王は、はっと気づいた。

「ミルヒーちゃん……まさか、嫉妬?」

 挑発を受けないよう、軽く目を閉ざしながらミルヒーは答えた。

「道具の効果が切れます。時間なんです」

「もう時間? 楽しい会話もこれまでね」

 寝太郎にしてみれば楽しさよりも、疲れの方が上回った。

 潜在的な魔素の力を、寝太郎は光によって見分けられるのだが、明らか魔王は、滝のように立ち上っており、どの存在よりも大きな魔力を有している。

 適当に話せたのも、もはやダメ元であったが、生かされたことに、驚いているぐらいであった。

「最後に一つだけ」

「…まだあんのか?」

「女神とまた話しなさい。あなたに必要なことを、彼女は知ってる」

 はっきりと女神と言っているからには、イルカのことを意味していることは理解できた。

「話すとは限らない」

「あなたは必ず話しに行くわ」

「どうして?」

「………………………………ま」

 ぷつんと画面が切れた。

(今待ってただろ、切れるの)

 どこまでふざけているのか、まったく読めない人物だった。

 ミルヒーは、魔道具を回収する。

「あたしも帰る」

「なんだよ、滞在しないのか?」

「言われてるの、帰ってこい、て」

「そっか、仕事だったもんな」

「……危険だからよ」

「何が?」

「わかんない、けど、魔王様は予想を外さない。気をつけて」

 ミルヒーもまた去って行き、普段通りの、コロナとの二人きりとなってしまった。

 寝太郎は、コロナを背にしつつも、ごろんと横向きになる。

「ずるいだろ、そんなこと言われたら」

 選択肢を潰して選ばせるのは、選択ではなく、命令と同じである。

 あれこれ抵抗できるか思考してみたが、結局諦めた。

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