第22話コロナの冒険6


 寝太郎とタンスのいる迷いの森に、コロナとルーチェは、早速到着していた。

 両者ともども再開を果たす中で、一言二言の問答があった。

「お前、どこで何をやってたんだ?」

 寝太郎に言われて、コロナは嬉々として答える。

『んーと。こいつが赤い目のやつに囲まれてたから、そいつらを転がしたら、いっぱい食べ物くれたぞ』 

「主観的過ぎて意味がわからんが。まぁ無事なら良かった」

 寝太郎はコロナの顎のあたりを撫でつつ、事情がありそうな二人に視線を向けた。

 倒木の上に、タンスとルーチェは並んで座っている。

 寝太郎はルーチェの姿は初めてであったが、ドレス姿をしているため、高貴な人のように見えた。

 その姿からは、自然と家族の繋がりのようなものを感じる。

 腹の虫の音が聞こえた。

 コロナの方ではなく、ルーチェの方からである。

「ちょうど飯があるが、それでもいいか」

「ええ」

 一言返事をしたルーチェは、赤面して、うつむいた。

 葉の上に乗せられた料理を渡す。

 彼女は、指二本ほどで、肉をつまみ上げ、肉を食べた。

「これです、この味です。やはり料理を作っていたのは、あなただったのですわね」

「わたしは」

「いいんです。わたしにとってこの味こそが父の味なのですわ」

「……そうか」

 寝太郎には、事情こそわからないものの、心を温めるシーンであるように感じていた。

 のだが、実際にルーチェを中心に、空間はぼんやり暖かくなっていた。

 寝太郎が、ルーチェを凝視したところ、光が溢れていた。

「不思議です。力がみなぎってきますわ」

 ルーチェは立ち上がり、構えを取った。森の中にある、魔素が、彼女の内部に吸い込まれていくのがわかる。

(爺さんで似たようなのを見たな。これが特別な器がある、てことなのか?)

 集まった魔素が、一層神々しくも光輝いたとき、「はああああ!!」と、気合の入った声がした。

 光の収まった先にルーチェはいた。

 少し健気さのある彼女から、バキバキの筋肉質の少女に変貌している。

「どうやら本来の力を取り戻せたようですわね」

 寝太郎は、とても凄いことが起きたはずなのに、とても嫌なものも見てしまった気分になった。

 誰も何も言わないので、正常なことなのか、ものすごく悩んだ。

 と、そんな彼らのもとに、追手として駆けつけたウィスパーたちがやって来た。

「やはりここに居られたようですね。観念してお城にお戻りください姫様」

「そうはいきませんわ」

 ウィスパーは、筋肉質な少女に語りかけられたことに、納得がいかない様子であった。

「姫様は」

「わたくしはここよ」

 ルーチェが威厳のある顔で、自分の胸板に手を当てて答える。

 一瞬だけの沈黙。

 ウィスパーは、目の前の存在を視界に入れずに、あたりを見回した。

「姫様は…」

「わたくしはここです」 

 再度言われて、ウィスパーはこめかみの部分を片手で押さえた。

「く、くだらない嘘を」

「これが真の姿なのですわ、面影が見えなくなるほど耄碌したのかしら?」

 真顔になって、ウィスパーは目の前の現実を直視した、やがて――

「ああ……馬鹿な、そんな! ああああああ!!」

 と叫んだ。

 突進してくるかと思い、ルーチェは身構えたが、ウィスパーは膝を折っていた。 

 更に地面に両手をついて、嘆いた。

「あの可愛らしかったお方が、このような姿になるなどありえぬ!!」

「可愛いですって?」

 ルーチェにとても意外だったのか、臨戦態勢を崩す。

 ウィスパーは嘆きながら話した。

「ええ、そうですとも! わたしが追いかけ回しては逃げ回っていたあのお方が! わたしが微笑むと青ざめ、声をかければいつもビクビクと可愛らしく反応しておられた、あの姫様が、もうどこにもいないなんて!」

 寝太郎は、ウィスパーの独白を聞いて、不可解な気持ちを抱いた。

「歪んだ愛情なのか? これは」

 ルーチェは「ふぅ」と漏らす。

「積年の恨みとして、その醜悪な顔面が復活できないぐらいボコボコにしてやろうと思いましたが。やる気が失せましたわね」

(あんたも相当歪んでるけどな)と寝太郎は思うだけにして、口にしなかった、自分の命が惜しかったからだ。

 泣きわめくウィスパーからは、これ以上の戦意も余力も無さそうで、事態は収束に向かおうとしていた。

 寝太郎は、どうしたものか、と頭を掻いていたが、いつの間にかコロナが側にいない。

 見れば、ウィスパーらが引き連れていたメイドの中の一人に向かって、ぐりぐりと頭を押し付けているのだ。

 とても迷惑そうにしている相手に対し、慌てて、引き離そうと思ったのだが、よくよく見れば、顔立ちに見覚えがある。

「ミルヒーか?」

 どう見てもミルヒーに似ているというか、そのものであるが青みのある肌ではなく、人間側の肌色をしているのだ。

 ミルヒーはコロナを押し返しつつ、寝太郎に向かって言った。

「あんたって、鈍いのね」

 と言われても、これだけゴタゴタとしている中で、変装をされても気づかない。

「まるで見つけてほしかったみたいじゃないか」

「うっさいわね! そんなわけないでしょ」

 相変わらず気難しさであるな、と寝太郎は思った。

「何してるんだ?」

「仕事よ。そこの男に関係があるの」

 ウィスパーのことのようであった。

 寝太郎は直感的に察する。

「まさかとは思うが」

「そう、彼は魔人よ」

 一同がどよめく。

 ルーチェがすぐさま尋ねた。

「ウィスパー本当なの?」 

 散々泣きわめいていたはずのウィスパーは、すでに上半身を起こしており、その表情は諦めの境地のように、憂うでもなく、淡々と受け止めているようであった。

「……あの方は、わたしの失敗を予見していたのですか?」

 聞いているのは、どうやらミルヒーに対してのようであった。

 ミルヒーは首を横に振る。

「さぁわからない。けど、決着したら、呼び出すように言われてるの」

 ミルヒーの片手には、丸い道具が握られていた。

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