第19話コロナの冒険3
森の中に残された二人は、岩場にお互い座り向かい合っていた。
寝太郎は、とりあえずタンスに言わねばならないと思うことを伝えることにした。
「ここを脱出するには、相棒が必要なんだが、相棒がどこか行ってて、今は出られない」
相変わらず、タンスはキリリッとした顔立ちで岩に座っている。
「そうであるか」
「あ、ああ。そうなんだよ」
「そう、であるか」
セリフが一言一句違わない上に、表情の変わらないものの、どこか陰りを感じさせる。
沈黙しているのも間が持たないので、嘆息しつつ言った。
「無理だと思うが、何とか努力してみるよ」
「そうであるか!」
何か喜んでいるが、それしか言えないのかよ、と寝太郎は内心思った。
目を閉ざし、精神集中後、寝太郎は、空間に魔素を感知した。
何も無いところに向かって手をかざすと、そこに、ちょこんと指先大ぐらいの穴が空いた。
その穴は数分後、弱々しく閉ざされる。
「すまん、やっぱり無理だ」
「そうであるか…」
「いやホントごめん」
「君のせいではあるまい」
急に定型文以外で語りかけられたので、けっこう驚いた。
九官鳥が、教えてもいない言葉を喋り始めたら、ビビる現象と同じである。
ともかくとして、寝太郎は他の手段はないかと思い出す。
フールが教えてくれた手段の中に、自分が知らない場所であっても、他人の力を借りることで行けるようになる、といった趣旨のことを言われた気がする。
寝太郎は一度はゴーカに行ったことがあった。
今少し繋がりが悪いのは、自分とあの国の繋がりが薄いからかもしれない、と考えた。
「ちょっと手を貸してくれ」
寝太郎は、タンスの前に手を差し出した。
「うむ」と同意したタンスの手を、手のひらに置くようにして軽く握る。
目を閉ざして集中した。
「ああ、なんか、これ行けそうな気がしてきた……はい、ここ!」
突き出した右手が、ズボッと穴に埋まる。
指先大の穴の大きさからすればかなりの進歩であるが、到底人が通れるものではなかった。
また失敗かと思っていたが、通り抜けた腕の先で何かを掴む。
取っ手のような感覚があり強く握って、引っ張ろうとしたが、抜けない。
寝太郎が、物を掴んで離さないせいで、かえし、となっており取れないのだ。
その間、穴は徐々に塞がっていき、がっちりと寝太郎の右手を捕まえ、ついには寸断してしまった。
勢い余って後ろに転がった寝太郎は起き上がり自分の腕の喪失に気づく。
「腕があああああ!?」
と、叫んだのも刹那、すぐさま右腕はもとどおりとなった。
「あ、戻った。てなんだこれ?」
戻った右腕が掴んでいたのは黒光りするフライパンであった。
「なんでフライパンなんだよ…」
意味不明な出来事に戸惑う寝太郎であったが、フライパンをタンスが睨むように凝視している。
その目の奥底には、キラリっと光るものが見えた。
* *
馬車の中の座席に、二人の姿があった。
一人は、ルーチェであり、向かいにはコロナが座っている。
ただコロナは、座席に両手両足を乗せて、身を縮ませ窮屈そうであった。
というのも、コロナは、馬車に乗るつもりは無かったのだが、中で話しがあるとのことで、思わず馬車に乗り込んだからである。
「窮屈ですみません。わたくしが、少し病弱でしたので」
「ん……話しってなんだ?」
ルーチェはいろいろと思案している質問があったが、すぐに言った。
「あの。コロナ様は、どこからやって来たのですか?」
「森」
「森? どちらの?」
「あっち」
ルーチェの背後を指差す。あまりに大雑把な表現ではあるが、ルーチェには思うところがあった。
「その森には、コロナ様の他に、誰もいないのですか?」
「にーちゃんがいるぞ」
「にーちゃん……ああ、お兄様ですか」
「うん」
コロナは、まっすぐにルーチェを見ていた。
その瞳はルーチェの瞳の奥を伺うかのようである。
(す、すごい見てきますわね)
ルーチェは、王女であるが故に人に見られるものであるが、コロナのように、瞳そのものを見てくることは無い。
まるで心の奥底を覗いているかのようである。
何も悪いことをしたわけではないのに、ルーチェは、ふいに目を逸してしまう。
「森では、いつもあなたは裸同然なのですか?」
「コロナは何も着ないし、必要ないぞ」
「そ、そうですか」
一瞬だけ、裸同然で駆け回る、コロナと兄と呼ばれる存在が、ルーチェの頭に浮かんだが振り切る。
コロナの兄と呼ばれる人物の趣味に対し、いろいろ思考が巡ってしまったが、あまり他人の事情に立ち入らないようにしよう、とルーチェは考えた。
ルーチェが様子を伺うと、コロナは、前後に体を揺らして、落ち着かない様子であった。
「どうかされましたか?」
「ここ窮屈だぞ」
「そろそろ到着するはずですから、あとしばらくのご辛抱ですわ」
と言われても、コロナの不満は解消されないようである。
「お前傷あるな」
今度は、コロナから質問がされる。
ルーチェは、右頬に、ほんの少しある傷跡を、触らない程度に手を添えた。
化粧で隠していたので目立たなかったはずであるが、近くで凝視さたならば、気づくぐらいの古傷である。
「お恥ずかしいですわ。戦いの最中についた、不覚の傷ですのよ。お気になさらずに」
「お前強いのになんで弱いんだ?」
矛盾した言葉を言われてしまい、ルーチェの返答が難しくなる。
(病弱のわたくしが、強い? いえ、このお方はきっと、本質をついておられるのですね)
ルーチェは改めて姿勢を正す。
「ご明察の通り、わたくしは、勇者の器の候補です」
「ふーん」
コロナは、丸い瞳で、だから何だ? とばかりに流した。
「コロナ様のお兄様は東方の勇者様ではないのですか?」
コロナは、やや上向いて考える。
「とーほーの…にーちゃんのことか」
「お兄様は勇者様なのですよね?」
「にーちゃんは、にーちゃんだぞ。とーほーなんとかじゃないぞ」
何度か話を交わしていく中でルーチェは気がついた。
(話しが噛み合っていない)
根本的に、理解が合わないのだ。
帰らずの森には東方の勇者が居る。これはすでにゴーカの国の中では、確定的な事実となっている。
しかし、東方の勇者は、一度ゴーカの国を訪れたきり、すでに何十日も国を訪れていない。
魔王を倒すはずの勇者が、何もせず何をしているのか、業を煮やし、王自らが向かったはずなのである。
(お父様たちと行き違いだったとしても、コロナ様のお話しを聞く限り、コロナ様のお兄様である東方の勇者様は、一切、魔王討伐を考えていないことになりますわね)
実は国を上げてそのことは考えられていた。
東方の勇者には、やる気がない。なぜやる気がないのかは理解できないが、そう結論付けざるを得ないのだと。
考えているところで、コロナの顔が近いことに気がついた。
いつの間にか、ルーチェに接近していたのである。
「な、なな、何をしておられるのですか!」
「すんすん」
「嗅がないでくださいませ!」
コロナにとっては、匂いを覚えるのは普通のことであるが、ルーチェにしてみれば、殿方にこれほど接近されると赤面すらしてしまう。
ルーチェは馬車であることもあるが、動けなかった。
(ど、どどど、どうなっちゃうのですか!? わたくしは!!)
ひとしきり嗅いだあと、コロナは、ルーチェが目を瞑る顔に向かって、舌を突き出して、ぺろん、と頬を舐めた。
悲鳴を上げたい衝動をルーチェは品性で抑え込んでいた。まだ何もされていないのに、失礼を働いてはならない。
何かをされてからなのか、これは何をされたと言えるのか、彼女の頭の中で思考はめちゃくちゃになった。
コロナがすっと引く。
「傷、治した」
そんなまさか、とばかりに、ルーチェは自分の頬に触れる。
唾液のような液体は不思議となく、サラサラとして消え去ってしまっていた。同時に、本来あるはずの傷が、消えている。
「え? え?」
コロナの舌は、神草やら薬草を普段から食べているお陰で、ただ舐めるだけで人を癒やしてしまう効能をもたらしていた。
つばを付けとけば治る、という母の言葉を覚えていたコロナは、軽い傷ならば治ることを、原理的にはよくわかっていないが、現象として理解していた。
もちろん人の唾液で傷跡まで綺麗になくなることは、本来ならばありえないのであるが、コロナにとってみれば、簡単にできることに分類される行為であった。
ルーチェの両目から、自然と涙が溢れかえり、頬を伝った。
自分でも制御できないほどの感情の決壊が起きてしまう。
「あ、ああ」
とめどなく溢れる涙は止まらず、嗚咽を漏らす口を、手で押さえるぐらいしかできなかった。
コロナはそれを見て、母にしてもらったことを思い出す。
両手を広げ、ルーチェを覆うようにして、ぎゅっと抱きしめた。
「偉い偉い」
こうして背中を擦る。
母にしてもらって落ち着いたことのある行為である。何が偉いのか知らないが、不思議と落ち着くのだ。
「よしよし」
頭を撫でたりしながら、ルーチェが落ち着くのを待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます