第16話ニートと大賢者6
ビット商会は、会長のコインが、会長の座から退いた。
新会長のもと、新製品が発明され、従来型よりも長持ちする製品が登場した。
魔力水晶に、本物の職人の手が入ったからである。
迷いの森には寝太郎とコロナ、それに、フールの姿もあった。
「裁かれ無いんだな」
コインについて、あらましを聞いた寝太郎は、こう述べた。
「やつは、王侯貴族連中に、何かがあったときのために、根回しをしておったのじゃろうな」
「清濁併せ持つって言うけど、なんだかスッキリしないな」
「正義は犠牲を生みだすが、たまには正義も報われる。人はそれを積み上げるしか無いのじゃろう」
「やっぱ俺には社会は合わないや。あ、できた!!」
フールが覗くと、指先には火がちょこんと乗っかっている。
「いくらサボり気味とは言え、これほど成長が遅いとは…」
「だってこれが今の俺のせいいっぱいだしな」
フールは腕を組んで考える。
寝太郎の器は紛れもなく本物であるはず。
器さえあれば、魔法は研鑽によって実力をつけていくものである。
凡俗な三歳児でもこなせる程度の魔法に、ようやくたどりつくなど、年齢に見合わず、成長としてはおそすぎた。
(まるで、入れている水が、即座に干上がっているかのようじゃ)
水とはこの森の中にある魔素のこと。魔素は元来、これほど充溢していることなどありえない。
環境にも恵まれ、器にも恵まれているはずの彼が、多少サボっているからといっても、成長しないのはおかしいのだ。
(東方人によるものなのか、それともこやつ自身の体質によるところか。体質であるならば、何が原因か。
器にあるのか。もしや器が大きすぎるから、ではないか?)
強大な器であるならば、魔素が多少入っても干上がってしまう。このイメージを言葉にして、フールは自分の考えを否定した。
今、寝太郎は、キノコを棒に串刺し、焼いている。
(よもやこれほどの凡人に会うとはな。これも運命と考えられるか)
「頼みがある」
「ん? 何だ」
「実はわしには秘密があっての。それをお前に処分してほしいと思ってな」
寝太郎はこう考えた。
処分して欲しい秘密とやらは、自分にもあった。
パソコンに入っている、秘蔵のお宝である。
確かに処分してほしいと言ったらそれぐらいであるが、納得できなかった。
「自分でやればいいだろ」
「処分するには少し骨でな。わしも、そう長くはないからの。お前に頼むしかないんじゃ」
「マジで?」
「思えば、この森に入ってきたのも、長く無い寿命を感じてのことじゃったんだろう」
「爺さん…」
フールの様子からして、本気のようであることは確実だった。
寝太郎は勝手に思ったが、フールが破壊行為をしていたのも、その秘密を隠すための行為だったのかもしれない。
人間として、男として、自尊心を守ってやるのも大事なことだと思った。
「分かった、任せろよ」
フールは、口元をニッと笑わせる。
「ありがとう。本当に処分するかは、まぁお前に任せるぞ」
他人のものを預けられても困りものである。
「いや、いいって、処分してやるから。自力で出られたなら、だけどな」
それから数日間はフールとも会っていたが、あるときを境目にしてパタリと森にやってくることは無くなった。
寝太郎は、それからも修行を続けたが、ついぞ、外に出るための穴が開くことはなかった。
が、あるとき、寝太郎が意識した場所を、コロナによって破かせたとき、穴が容易に開くことを発見した。
フールとの約束を守るために、森を出てゴーカを目指した。
とは言え、森からゴーカまでは、それなりに距離はあったが、わかりやすく人道の一本道があり、容易にたどり着くことになる。
ゴーカまでやってきたとき、検問では、やけに寝太郎を歓迎するムードがあった。
どうやら、東方の勇者の噂が広まっていたようである。
更に、フールはすでに亡くなっており、葬儀も済ませたあとであるという。
フールの墓場を墓参りしたあと、寝太郎は向かうべき場所に向かった。
例の、コインの居場所を探してやってきたのだが、そこでもまた歓迎を受けた。
コインからは、甘い茶菓子として出された品物を、「甘いものは飽きてるからいらない」と本心から述べたら、コインは悲しそうにがっくりとしていた。
まず事前にフールに言われた場所を探すことにした。
ある建物の地下深く、コインもついて来て、手には明かりを持っている。
「ここはフール様がいた、もとあった研究所ですが、放棄されています。その地下深くは、誰も足を踏み入れさせなったので、ここ以外には無いでしょう」
最初のコインの印象が強いせいか、丁寧語であることに違和感が凄いある。
彼はすっかりギラついた印象は影を潜めて、萎えてしまっているようだ。
金と権力は人を変えてしまうと言われている通りだったのだろう。
地下の部屋には何も無く、ホコリと蔵書に埋もれ、中には設計図や、機材も散らばっている。
一見すれば乱雑な倉庫である場所も、寝太郎の目には、光の道筋が見えていた。
蔵書のあいだをかき分けるように進むと、壁に突き当たる。
壁には、取ってのようなものがあり、これに手を引っ掛けて横移動させる。
更に下に続く階段が存在していた。
コインをその場に待たせて、一人、寝太郎は奥深くへと進んだ。
狭い階段の奥には簡素なドアがある。錠があるように見えたが、押してみると、簡単に開いた。
そこには隠し部屋が広がっているのだが、左右を見回しても、何も無かった。
他にも隠しが無いかと探したが無い。
かと思いきや、ペラペラの白い紙袋を床に発見する。
閉ざされた袋より、一枚の手紙があった。
「これは」
激震が走った。
「……まったく読めん」
実は入国以来、薄々分かっていたが、文字がまったく読めない。
言語は、翻訳機能があるとして、文字には無いようなのだ。
ここに来て、異世界的な要素が入り込むとは予想外であった。
かろうじて分かったのは、最後の文章のサインに、キスマークがあることぐらいだ。
悪趣味な気がする。男だとしたら不気味であるが捨てられもしない。
コインに読ませるか迷ったが、彼以外に翻訳できる人物がいないので仕方なかった。
部屋を出てくるなり、コインに手紙を渡した。
「おい、これ読めるか?」
コインは、何言ってんだこいつ? という顔をして受け取ると、翻訳してくれた。
「ここの物はすべていただきました。魔王ルクスリアより。魔王!?」
「本物か?」
「知りませんよ! そんなこと」
本物か偽物かはわからないが、ここにあったものは奪われてしまった。
それなりの価値があったのかもしれないが、寝太郎にその価値を推察する気も起きなかった。
(推理小説なら、ここでいろいろ考えて追いかけるんだろうけど、無理だわな)
魔王ともなれば、討伐する話しになりかねない。
そんな面倒なことに巻き込まれるのは、例え友人の約束であっても果たせない。
彼の基本スタンスは、どこまでも道が平坦であることなのだ。
あえて困難に突っ込むことはないと思い、秘密の出来事は、この場だけのことにした。
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