第15話ニートと大賢者5


 神獣国ゴーカは、城壁で囲まれた、都市である。

 同時に、かつての人魔対戦の影響から、魔力を持つものたちによって集いし、都市でもある。

 火を、風を、水を、氷を、自在に扱いながら、彼らは成功を夢見て暮らしており、国家は豊かになっていく。

 他方で、人の成功という欲望は、闇深い意味をもたらしていた。

 成功は人を、区画によって分け隔て、国家の中に勝ち組と負け組の図式をもたらしてしまう。

 そんな醜悪な面を、覆い隠すかのように、綺麗な富裕層の暮らす一角に、図体の大きな屋敷を構える男が暮らしていた。

 男の名前はコイン。

 ビット商会を設立したトップである。

 彼は今日も、広々とした自室にて、一面の大きな窓から、町の風景を眺めていた。

 少し白髪の入った髪は端正に整い。肩肘がまっすぐになるよう整った衣服は、なんだか威張り散らしているかのようである。

 太めの眉に、いやしく光る眼光から、人は、彼の目に金が宿っているのではないか、と疑うほであるとか。

「ふんふーんふん♪」

 変な鼻歌を鳴らしていると、ドーンっと、大きな音を立てて出入り口の扉が乱暴に開かれた。

 軽く鼻から水が出たことを、ハンカチで拭き取って隠すコイン。

「ほーれ、失礼するぞ」 

 そこに立っていたのは、寝太郎とフールであった。

 コインは、ハンカチをポケットにしまいつつ言った。

「ふ。噂は本当だったようだな。よくもわたしの居場所を見つけられたものだ」

「少し紳士に質問すれば、素直に居場所を教えてくれたわい。わしのもといた居住地に、下品なものが建っているとな」

「この素晴らしい造形に気づかれていないようで残念だ。それで何用で?」

「お前の商品に文句を言いに来た」

 フールは、すっと片手に、例の商品の腕輪をつけていた。

 これを、僅かばかりの魔力を込める、すると、腕輪の水晶は最初こそ青々と光るが、見る間に黒くなり、光すら放たなくなった。

 フールは腕輪を外して、その場でポイ捨てにする。

「魔力水晶の品質が意図的に劣悪にしておるな。使い捨てなるようにしておるのじゃろう。ガラクタ売りで大儲けとはな」 

「わたしは、客の欲求を叶えているだけだ」

「お前が木っ端研究員だったのを拾ったのはわしじゃったな」

「それには感謝している。だがしかし言わせてもらおう! 貴様は、我々をこき使いながら、金儲けの1つも覚えさせなかった! 技術を使い、人から利益を得ることの何が悪い!?」

「お前の道具が好かぬ。ただそれだけじゃ」

「貴様もまた、魔道具を作っていたではないか」

「わしの発明と同じと思っておるとは、笑わせおるの」

 フールの全身から光が溢れかえり、重力を失ったかのように、長い髭や髪を持ち上げている。

 周辺の本棚の窓が、何か大きな空気に当てられたように、みしっと張り詰めていた。

「お前の言葉を借りれば、目障りなガラクタを消し飛ばす。何が悪い? かのう」

 さすがのコインも後ろに半歩下がったが、表情には未だ余裕が見える。

「ふ、ふふ。そう来ると思っていたぞ。これを見よ!!」

 コインは、近場にあったデスクの裏にある、仕掛けスイッチを押した。

 するとどういう原理か、床下がパクリと割れて、下から押し出されるように、柱の台が登場した。

 人の胸ぐらいの高さまである柱の台であり、上にはガラスの箱が乗っかっている。

 ガラスの箱の中には、鉄塊とも言える、丸い物体があった。

 フールの顔が険しくなる。

「それはまさか。そんなものをどこで手に入れた?」

「しいて言えば金だ。金さえあれば何でもできる」

 黙っていることにしていた寝太郎であったが、不穏な空気を察知して、フールに聞いた。

「爺さんあれはなんだ?」

「魔力回路を破壊する爆弾の話しはしたな。大型は国が管理している。あれは小型じゃろう。しかし、誰であれ、所有されるのが禁止にされておるはず。コインよ、お前は一線を超えておるぞ、分かっているのか」

「上流社会にもな、貴様を良く思っていない人間は多いのだよ。逆に俺にとっては友達でもある。どうだ? 動けまい?」

「……」

 押し黙るフールを見て、コインは嬉々として言った。

「はははやはりな! さすがの貴様もこれには怖気づくか! これでわたしの勝ち」

「阿呆がああああああああああああ!?」

 フールの気合と共に、衝撃派が生じた。コインは、その場に立っていられずに、ボールのごとく転がる。

「ぷぅぎゃあああああああああああ!?」

 と言って、向こう側の壁に当たるところまで吹き飛ばされた。

 空気当てとでも言うのであろうか、フールの気合一つで、人が吹き飛ぶほどの威力を持っていた。

 近くにいた寝太郎ですら、肌身に、ピリピリしたものを感じる

(爺さん一人で、店が何件も吹き飛ぶわけだ)

 フールは、吹き飛ばされたコインを侮蔑的に睨む。

「馬鹿者め。程度の低いことをしおって」

 フールは早速、ガラスケースに近づき、ケースを外すのであるが。

「むっこれは?」

「どうした爺さん?」

「これは単なる鉄塊じゃ。何の道具でもない」

「なんだって?」

「ふふ、ふふふふ」

 先程まで床に転がっていたコインが立ち上がっている。

 衣服のポケットから超小型の物体を持ち出した。

「実はそれは偽物でこいつが本物で」

「はぁあああああああ!!」

 フールの気合一つで、がんっとコインの手に空砲がぶち当たり、持っていた小型物体が吹き飛ばされた。

 弧を描いて、小型物体は、フールの手にちょうどよく落ちてくる。

 フールは、値踏みした結果、鑑定結果を述べた。

「なんじゃ、これも偽物ではないか。コインよ。本当は持っていないのじゃな? 脅しの材料に使わなければ意味がないからの」

 そう述べてから、物体を黒い鉄塊の物体のそばに置いた。

「そ、そんな。話しが違う」

「どうやらお前自身も騙されておったようじゃな。これに懲りたら。ん?」

 フールは鉄塊に変化を感じた。

 先程の小型物体と、黒い鉄塊が、勝手に浮いているのだ。そして、両者は組み合わさり、一つの物体に昇華する。

 棒が突き刺さった丸い物体となった。まるで恒星のごとき存在から数字が表示され、カウントダウンが始まった。

 およそ5分。

「爺さんこれ」

「コイン! 誰じゃ? 誰がこれを作った!?」

「ち、違う。わたしはただ、脅しをしたかっただけで」

 何一つ理解していないようである。

 彼に詰問している時間など無かった。

 フールは、浮いている物体に触れ、その手に収めた。

「爺さん、止められないのか?」

「解体は無理じゃ。簡単に言えば、内部ではすでに魔力拡散が起きておる。この秒数は、その拡散が膨張し続け、爆発するまでの時間を示しておる。一度発動したら、誰にも止められん」

「じゃぁさっさと捨てに行こう!」

「ダメじゃ。この物体を捨てるには、一つとして生命がいないことが前提でなければならん」

 フールが動けない理由はどうやらそこにあるようだった。

 外に投げ捨てるとか、池にとか考えられる範疇でも、生命体が存在すると、問題であるようだ。

 博愛主義とかけ離れた理由があることは読み取れたが、何せ時間がない。

「毒じゃないんだよな?」

「毒ではないが、毒以上にまずいものだ」

「よくわからねぇが。貸せよ爺さん!」

 寝太郎はフールから奪い取った。

「何をする!?」

「捨てる場所に心当たりがある!」

「あの森はダメじゃ!」

「ゴミ捨て場があるんだよ!」

 フールの静止を振り切り、寝太郎は扉から出て行った。

 扉の先は森と繋がっており、出入口付近には、コロナの姿がある。

 コロナは早速、寝太郎の姿を認識して近づいてきた。

「にーちゃんどうした?」

(まずい)

 説明してる時間もないのに、コロナは、腑抜けている。

「頼む。あの場所に行きたい! 急ぎだ!」

 コロナは寝太郎の目を見ただけで、

「分かった乗れ」

 と言って、すぐさま頭から伏せてくれる。

 言葉があったわけではない。

 事情を知ったわけでもない。

 コロナは、目で感じ取った。必死であることを、大事であることを理解した。

 寝太郎は、コロナの背中に乗りながらも思った。

(最初は乗るのも大変だったのにな)

 いつの間にか、こうも繋がりがあったのか、としみじみ感じてる暇も無い。

 今はとにかく、緊急事態に対処しなければならないと思い、必死だった。

 そして寝太郎たちは捨て場となる場所にたどり着いた。

 この森は、区画ごとにループしているので、深く入り組んでいるが、慣れ親しんでいる二人にとってみれば、むしろ素早く目的の場所にたどり着く方法を理解していた。

 その場所は、林の影に隠された、光の出入り口。

 寝太郎が初めて起きた場所であり、最初にコロナと会った場所でもある。

 コロナをそのまま直進させる。

 光をくぐると、例のごとく、暖かさも冷たさも無い、広々とした白い空間に出た。

 静か過ぎるその空間であるゆえに、生命体もないはずである。

 中腹までやってきて、未だ存在する、機械の残骸を見つけた。

 ここまで来て寝太郎は、コロナから一旦降りて、例の黒い恒星のような道具を、床に転がす。

 ついでに言っておいた。

「はい、お土産」

 即座にコロナにまたがると、脱兎のごとく駆け出した。

 出入り口に入るところまでに、爆発のような音が聞こえたが、寝太郎は「振り向くな! 直進しろ!」と言ってコロナを走らせた。

 光の先をかいくぐり、森に戻ってから、少し離れてから後ろを見るが、光の入り口には一つの変化も無かった。

 すぐ戻って確認するのは、よしておくことにした。 

 寝太郎とコロナが、フールが作っていた入り口まで戻ると、フールと、なぜかコインまでもがその場にいた。

 コインは、コロナの姿を見て、心底仰天しているようであった。

 フールは、寝太郎たちが無事であることを認識すると、安堵したてこう述べた。

「英雄にでもなるつもりじゃったか?」

「いや別に。できると思ったし、時間もなかったからな」

「まったく東方人というのは、英雄的気質を持つとでもいうのか…もっと自分の身を心配せんか」

 フールの言葉には、おそらくいっしょに戦ったとされる、東方人の姿が思い浮かばれているのだろう。

 その人物について、今がちょうどいいと思い、詳しく聞こうと思ったが、

「神獣様! お許しを!!」

 何故かコインが、コロナに対し平服している。 

「何やってんだこのおっさん?」

「こいつは神獣教教徒なんじゃが、信仰対象が目の前に出てきたら、そら驚くわい」

 コロナは、やはり一般的な獣と言うには特異である、ということだろう。

 更に寝太郎はフールに聞いた。

「あんたは違うのかよ」

「わしは棄教しとる」

「ふーん…お、いいこと思いついた。コロナ」

 寝太郎は、コロナを呼びつけると、耳打ちした。

『えー、何だそれ?』

「言ってくれればいいから」

『わかった。なぁお前』

「は、はひ?」

 コインは、顔をわずかに上げる。

『反省しろ』

「はいぃぃぃぃ!!」 

 彼は地面にこすりつけるように、深く深く、謝罪した。

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