第14話ニートと大賢者4


 カランコロンと鈴の音が鳴りながら、扉が開き、寝太郎とフールは店内に入ってきた。

 内部は、剣や弓や杖などが並び、雑多な中に、それなりの時間を感じさせる。

 小さなお店のカウンターには誰の姿も無く、本当に人がいるかどうかも疑うほどでには、寂れていた。

「店主はおるか!」

 フールが呼び込むと、奥から床板をギシギシと鳴らしながら歩いてくる音がする。

 そして現れたのは、髭面で筋肉質な男で、なにかの作業をしていたのか、顔が薄汚れていた。

 だいたい、年齢としては、50代ぐらいだろうか。目には精気があり、肉体には力がみなぎっている。

 特筆すべき特徴として、頭には、獣のような耳が生えていたことだろう。 

 寝太郎は、驚くでもなく黙っていた。

 というのも、実はすでに、寝太郎たちがお店を回るときに、獣人らしきものの姿を目撃していたからだ。

 この世界では、”人間”と称する存在は、獣人も含むようなのだ。

 異世界から来た寝太郎にとっては、驚くべきことだが、この世界の常識であるようなので、特に聞かないことにした。

「ふむ、生きておったか」

 鍛冶屋の男は、フールの顔を見るなり目を剥いた。

「あびゃああああああああああああああ!?」

 彼は転がるようにして店の奥に逃げていった。

 さっきと同じじゃないか、と寝太郎が思っていたところ、鍛冶屋の男は戻ってきた。

 その手には、剣が握られている。

「こここ、今度はここが目的か!? ここは先代から引き継いだ場所。やらせはせん! やらせはせんぞおおおお!!」 

「なーにをしておるか、お前は」

 ふいに鍛冶屋の男の表情が消える。

「しゃべったああああああああ!?」

 と阿鼻叫喚。

 相手のリアクションに飽き飽きしているフールは、ようやく気づくことがあった。

「そうか、お前は、テッコーの息子の、確かカイラスか? やつそっくりじゃの」

「あ、あ、え?」

 カイラスと呼ばれた男は、カタカタと震えながら不慣れな剣を構えていたが、肩の力を落とす。

 ようやく警戒が溶けたところを見て、フールは尋ねた。

「やつはどこにいる?」

「……先代は、病気亡くなりました」

「そうか、大木のようなやつじゃと思っとったが、あっさりと逝きおったか」 

 フールは、虚空を見つめながら、髭を片手で伸ばしつつ、少し物思いをに老ける。

「ほ、本当にフール様は、治ったので?」

 カイラスは、恐る恐る尋ねてくる。

 それは、隣に居る、寝太郎に聞いているようでもあった。

「ああ、爺さんはまともだよ、まだな」

「まだ? ていうか、あんた東方人?」

 カイラス側には疑問が増えすぎて、質問にまとまりが無いようであった。

「勝手に話しよるでないわ。おい、わしが呆けてるあいだ、何があった?」

 カイラスは、いろんな状況を疑問に感じながらも、聞かれたことに答えた。

「フール様は放心されてからというもの、立ち寄るお店を吹き飛ばしていたことから、通称、歩く爆弾であると言われておりまして」

「なんじゃと」と言って、フールは握っている杖に力を入れた。

 カイラスは慌てた。

「ど、どうかご勘弁を!」

 寝太郎が怒りで沸騰するフールに対し、水を差し込むことにした。

「爺さん。まだ話しを聞くべきだろ」

 眉間のシワを取り払いながら、フールは尋ねた。

「それで、わしをこの町の住人は、追い出したのか?」

「そんなまさか。町の人にとってフール様は、自然災害のように扱われていたので。むしろ居なくなって良かったなと」

「なんじゃとぉ!」

「ひやぁ!?」

「爺さん!」

 フールは、呼吸で怒りを落ち着かせる。

「ふー。分かっておるわ。わしに落ち度があったと思わなくも無い。多少の、やんちゃをしちゃっただけじゃろう」

「やんちゃって雰囲気でも無さそうだが」

 カイラスは、落ち着きを取り戻し、説明を再開した。

「実は、フール様の破壊行為は、ここ最近でも数件ほどでしかなく、むしろ穏やかでありました」

「どういうことじゃ?」

 カイラスは、ばつが悪そうにする。

「噂では、フール様を外に出すよう、先導したものがおるようなのです」

「ほう。述べよ、その愚か者は誰じゃ? 勇者と共に魔王を討伐し、なおこの国を数多くの発明によって豊かにさせた、大賢者フールを貶めたのは、どこの身の程を知らずじゃ?」

「それは……言えません」

「なん、じゃとおおおおおおおおお!?」

 フールの周りから光が漏れて、分厚い圧迫感が放たれた。

 カイラスは、尻もちをつき、逃れることも出来ないようである。

 寝太郎は、軽く嘆息しながらも、フールの背中を軽く叩いた。

 凄まじい形相で寝太郎を睨んできたが、寝太郎は構わなかった。

「あんたの怒りは最もだが、あんたにだって反省すべき点はあっただろ?」

「事情も知らん部外者が、引っ込んでおれ!」

「じゃぁもう、あの草はやらないからな?」

 瞬間、フールの周りから、光が消え去る。

「まぁ話を聞かんでやらんでもないの」

 カイラスはようやく落ち着けると思い、話した。

「今この国では、ある魔道具に頼って、みんなが生活しているのです」

「どのような道具じゃ?」

「俺は使ったことはありませんが、器が無くとも、人の魔力を増幅させることができると聞きます。しかし俺は、あのような道具が嫌いなのです。使い捨ての道具で、さも我が物のように魔力を使うなど、本物の力では無い」

「わかっておるではないか」

「はい。だから先代の技術を伝えようと、古臭いから継がないとかいう息子と口論になった挙げ句、思わずボコボコにしてしまい、泣き出して家出され、怪我と飢えで這いずり回っているところを、例の魔道具を売っている商会の女性に助けられ、二人は恋愛し結婚、今や孫が生まれるかもしれない始末なのです」

「な、なんかいろいろあったな、今」

「そんなわけで俺は、途方にくれ、ただ朽ち果てるしかないと。こんなこと誰にも言えるはずもなく。ましてフール様にも言えるはずがないと思っていたのです」

「めちゃくちゃ喋ってるんだけど、あんた」

 寝太郎のツッコミに対し、全スルーしながら、カイラスはフールを見た。

「フール様。俺たちはもう時代遅れなのでしょうか?」

「そんなことは無い。わしがなんとかしてやろう」

「いえ、愚痴を話したらスッキリしました。むしろ孫の顔を見る、そんな小さな幸福を、フール様が台無しにするのではないか、なんて、口が裂けても言えない、と思っておりました」

「あんたの心のドアどうなってるの? さっきから開きっぱなしなんだけど」

 寝太郎は、さすがにフールの様子を見たが、意外なことに怒ってもいないようで、「そうか分かった」とだけ言った。

 二人は店をあとにする。

 森に帰ってきた二人であるが、寝太郎も少し気を使った。

 何せあれほどハッキリと迷惑徘徊老人と指摘されたのだ、心をやられたに違いないと考えた。

 フールは背を向けていたが、寝太郎に向かって振り返り、ニンマリと笑う。

「少し顔を出したいところがある、いっしょに来い。いいな?」

 その表情は、英雄と呼ばれる男にしては、邪悪過ぎた。

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