第13話ニートと大賢者3


「かぁ!!」

 フールが力強く覇気を放つと、目の前に、扉が出現した。

「すげぇ! どうなってるんだこれ?」

 寝太郎は素直に感動を覚える。

「魔素の道をたぐり寄せ、店の扉と直接つないだ」

「どこでも行けるじゃん!」

「どこでもは無理じゃが、条件さえ揃えばいくらでも遠くに繋がる。この帰らずの森は、普通よりも魔素が多い。よって、簡易に別の場所を繋ぐだけの道を作ることもできる」

「わかったわかった。早く行こうぜ」 

 長ったらしい講義を、聞こうとすらしないことで、フールは嘆息する。

「まず行く場所を教えるが、そこは服屋と繋がっておる。そのみすぼらしい格好を何とかせんとな」

 寝太郎の着ているのは、獣の皮で出来た衣服だけである。

「俺はこれでもいいけど」

「身なりを整えることは、精神を整えることでもある。まずお前に必要なのは外見じゃ」 

「金は持っていないが」

「安心せい。わしの顔でツケ払いできる」

「お、おお。やっぱりすげぇんだな爺さん。セレブだな」

「うむ。そうじゃろう。それでは行くぞ」

「おう」

『わーい』

 コロナが隣にくっついて、ついていこうとするところで、寝太郎は言った。

「お前はダメだぞ?」

『え、なんでだ?』 

「なんで、て…お前みたいなのが来たら、相手を驚かせるぞ」

『何もしないぞ? 見たいだけだぞ?』

「それは分かってるんだが。相手はそうは思わないだろ、何より扉が通れない」

 コロナは、向かうべき扉と自分の体のサイズが合わないことを、ようやく認識した。

『ええええええ! ずるいずるい! にーちゃんだけずるい! コロナも連れてってよ!』

 ゴロゴロと転がっている。

 これだけ見ると、でかい猫ぐらいに見えるのだが、いかんせん、無理筋というものである。 

「おみやげ持ってくるから、おとなしくしていてくれ」

『食えるのか?』

「いや知らん」

「ずるいずるい! そうやってコロナに隠れて何か食べるんだ! にーちゃんずるい!」

 ゴロゴロと転がる。

「わかったわかった! 何かお前が食べられるようなの見つけてくるから」

『ほんとー?』

「ああ。約束する」

『破ったらハリセンボンだぞ?』

「ああ!(なんでそれ知ってるんだよこいつ)」

 針千本で済むならまだしも、場合によっては八つ裂きにされかねないかもしれない、と思った。

 寝太郎は、フールの横に並ぶと、彼は言った。

「向かう場所に食うものは無いぞ?」

「知ってるよ…」 

 食べるものか、あるいは、何か気の紛れるものを持ってくるよりないだろう。

 こうして、フールと寝太郎は扉の先に行くのであった。

――15分ぐらいして。

 コロナが、横になっていたところで扉が開き、寝太郎とフールが戻ってきた。

 帰ってきたとき、二人のくぐった扉は、役割を終えたとみるや、瞬時に消える。

 コロナは、待つのが退屈だったので、寝太郎たちが帰って来たことを嬉しがった。

『にーちゃんおかえり……にーちゃん?』

 寝太郎の身なりは、少しだけ整っていた。

 それに、持ち出した衣服も数点存在しているのだが、どうにも、二人の表情は晴れていなかった。

 寝太郎は、フールに向かって言った。

「なぁ爺さん。あんた本当に英雄と呼ばれてるんだよな?」

「そうじゃ」

「なんでさっきの人たち、俺たちを見て、あんな怯えた態度だったんだ? お金もいらないとか言われたし」

 対応としては、強盗がやってきて、命だけはお助けください、といって差し出されたようにも見えた。

 フールは、むぅ、と唸るが答えは見えてこない。

「わからん」

「わからん、て」

『ねーねー、にーちゃん、おみやげは?』

 空気を読まずにコロナが横槍を入れてくる。

「いや。これしかなくて」

 寝太郎は、向こうの店主から渡されていた、小綺麗な服を数点コロナに見せた。

 コロナはよくわからないまま、取り上げて、ぐいぐいと引っ張り、びりびりっと破った。

 その一部を食べて、くちゃくちゃと噛み、ぺっと地面に吐き出す。

 確か店主の話しだと、それなりに豪華な服だったみたいだが。ズタズタにされた残骸が、唾液でもって、地面に張り付いている。

『にーちゃんこれ食えないぞ?』

「とりあえず、全部食いものだと思う癖、どうにかしてくれない?」

 フールは、思考をしていたものの答えが出ず、切り替えた。

「何かの間違いのはずじゃ。今度はレストランに行く」

「身なりを整えたのはそのためか」

「そうじゃ。今度は自慢の名店じゃよ。これでその子が食べられるものもあるじゃろう」

「なるほどな。コロナ待ってろ、今度こそお土産持ってくるから」

『うん、分かった』

――数分後。

 ちょっと綺麗な白い扉の先から 二人は再び戻ってきた。白い扉はすぐさま消え去る。

 コロナは、また早かったなと思い喜んだが、二人は、またしても浮かない表情を浮かべていた。

『にーちゃん?』

「なぁ爺さん。さっきのは何だ?」

「わからん」

「わからん、じゃねーよ。あんた見たら、まるでモンスターが来たみたいにパニックになって逃げたぞ。店員は厨房の裏口から逃げ出して、食ってた客までも、窓から飛び出してったじゃねーか」

「本当にわからん。わしが呆けてるあいだ、わし自身が何をしていたのかを覚えておらん」

 フールは、別に誤魔化している様子でもなく、本当に分かっていないようであった。

 寝太郎は深く嘆息した。

 期待を下回る結果にはなったが、フールを責めたいわけでもない。フールは、頑張ろうとしたはずで、原因はもっと別のことにある。

「頼りになる知り合いとか他にいないのか?」

「ふーむ。待っておれ。あやつは死んだ、こやつは病死、あれは存在しておるかどうか怪しいの」

 フールは老人なので、無理も無いのであるが、死人から数えられるとちょっと怖い。

「ふむ。やつなら、おるかもしれん」

「おお、居たのか知り合い」

「ああ、じゃが、ちと気難しいやつじゃぞ?」

「なんでもいい。事情を教えてくれそうなら、その人に会いに行こう。コロナ、また待っててくれるか?」

 コロナは度々待たされている、またぐずらなければいいが、と寝太郎は心配になった。

『うん。いいよ。でも早く戻ってきてね』

 始めからコロナはお土産を気にしてなどいなかった。

 寝太郎が戻ってきてくれる方が遥かに大事だったのだ。

 健気さにあと引かれる思いはあったものの、寝太郎は言った。

「行こう爺さん」

「うむ。むにゃむにゃむにゃ、かあぁ!!」

 フールが、軽い呪文のようなものを唱えてから、目の前に、古くボロい木製の扉が現れた。

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