第12話ニートと大賢者2
数日たったある日、寝太郎たちが、いくら探しても見つからなかった、フールの姿を見かけた。
彼は座り、手を結び、目を閉ざし精神集中をしているようである。
そばには、神草を食べたと思われる残骸があった。
寝太郎はフールに近づくのだが、目に見えない威圧感によって、思わず腕を上げて顔をかばった。
フールをよくよく見れば、光のオーラが湯気のように揺らめいている。
なんだかよくわからない存在感を放つ彼を前にして、生唾を飲み込みながらも、寝太郎は呼びかける。
「爺さん?」
「器を満たすための作法、これを真魔体勢と呼ぶ」
「お、おお!」
寝太郎は、やけにかっこいいフールの言葉に焦がれてしまい、若干震えた。
フールはちらりと寝太郎を片目で見る。
「お前も真理を得る気概はあるか?」
「おお!」
フールは、満足そうにうなずく。
「いいじゃろう。ちと辛い修行になるが、ついて来るがよい」
「うおおおおお!!」
――1時間後。
寝太郎は、寝ているコロナを背中にしながら、ゴロゴロしていた。
その表情には、先程までの覇気など微塵もなく、涅槃まで行くのではないかというほどに、ぼんやりとした雰囲気と化していた。
これを見たフールは、心底がっかりした顔でもって、首を横に振った。
「なんて脆いやつなんじゃ」
「だって、つまんねーんだもん。何だよ? 座禅くんで感じろとか。もっと、ぱーっとなんか起こせないのか?」
「馬鹿者。昔の大魔法使いたちは、皆、己の魔力を磨くため、日々の鍛錬を怠らなかった。お前は、千里の道に続く、その入口にすら立っておらんのだぞ」
「俺才能無いんだよ」
「器がなければ、どんな努力をしても見込みが無いが、お前にはその器がある」
寝太郎は、ごろん、と横向きになる。
「努力の才能が無いんだ」
フールは、頭が痛いとばかりに、額を手で押さえた。
「どう転んだらお前のような不貞腐れが育ってしまうんじゃ、嘆かわしい。東方人は、勤勉で真面目だと聞いておるぞ」
「いや俺、単なるアラフォーのニートだし」
「わけのわからんことを言ってないで、少しは努力を積み重ねようと思わんのか?」
「いや思うけど、つまらねーのがどうにも……あ! そうだ」
寝太郎は急にがばっと立ち上がる。
フールは急激過ぎる彼の態度に、少したじろいだ。
「な、何じゃ急に。やる気になりおったのか?」
「魔道具があるだろ?」
フールは眉で少しだけ反応し、口元をむっとさせた。
寝太郎は、にわか知識を披露する。
「疑似回路だったか? 魔道具を使えば魔法を使うのも簡単なんじゃないのか?」
フールはとても不快そうに嘆息し、髭を左手で伸ばしつつ答えた。
「どこでその知識を得たのか知らんが、人間には疑似回路は使えん」
「なんで?」
「人間には魔力回路が存在しているが故に、疑似回路は積み込めない。人では、積み込む段階で、死に絶えるじゃろうな。魔人ですら積める存在は限られておる」
「ふーん。でもさ、魔法が使える道具なんてのは、あるんじゃないのか?」
「まったく若いやつは、すぐ道具に頼りたがる」
「あ、やっぱりあるのかよ。それ使わせろよ」
「ダメじゃ」
「なんで?」
「道具は好かん」
「好かんって、まさか、爺さんの好き嫌いで、俺はつまんない修行させられてるのか?」
「修行によって実現されるからこそ魔法なのじゃ。便利な道具を使えば、魔力が育たん」
「ぶーぶー! 使わせろよその道具!」
「やっかしいわい! 絶対に使わんと言ったら使わん!」
「爺の懐古趣味に付き合えるか!」
「な、なんじゃと!?」
二人は目を合わせて、バチバチとやり合う。
しかし、すぐさま折れたのは、フールの方だった。
「わかった。厳しく接したのは、わしの見込み違いじゃった。言葉ならず、行動で示せ、と言うからの。何を成し遂げられるかを先に示すべきじゃろう」
「そうだよ。飴と鞭っていうじゃんか」
「うむ、面白い表現じゃが、そういうことになるの」
「で、具体的に何をするんだ?」
「まずはこの森を出る」
「お、おお、やっぱり出られるんだな」
「しかし、ただ出るだけでは面白くあるまい。わしが居た国に行くぞ」
「そういうこともできるのか」
「この森の入り口ではなく、更に遠方を繋ぐのだから、普通は簡単ではない。莫大な魔素量が必要になるが、もとよりこの森には大量の魔素が存在しておるから、通常よりも簡単に繋ぐことができるじゃろうな」
「へぇ、ここってそんなに凄いんだな」
「まったく、最高の環境に恵まれておるというのに、お前ときたら」
「もう箸にも棒にもかからない爺さんの愚痴なんて聞きたくないぞ」
「その言葉は知っとるぞ。酷いのは、お前の頭の方じゃろう」
悪口を悪口で返され、さぞ寝太郎は怒っているかと思いきや、それ以上に興味をそそられたのはフールの言葉の理解力であった。
箸を知っていることになる。
「前々から思ってたが、あんたまさか、東方の誰かと知り合いなのか?」
「当たり前じゃ。わしらは、人と魔人の戦争を終決させた、三英雄として讃えられておる」
「へー爺さんたち、魔王を倒したのか? あれ? 魔王って今生きてるんじゃないのか?」
「まぁ倒してはおらんからの」
「え? 戦争は終わったんだろ?」
「今の3代目魔王は、深手を負ったが、死んではおらん。戦争を終わらせた最大の要因は、魔道具なんじゃよ」
「どんな魔道具なんだ?」
「すべての魔力を封じる道具じゃ」
「なーるほど。それで魔王の力を封じたってわけか」
「ああそうじゃ」
寝太郎は、フールの様子が何故か沈んでいるのが気になった。
「どうしたっていうんだ? そんなに凄い道具のお陰で、世界は平和になったんじゃないのか?」
「凄くは無い」
「え?」
「あれほど愚かな道具はない。この世にあってはならないものじゃった。わしは、あれを、作ってはならなかった。あんな欠陥品を、わしは……どうしてあやつに渡してしまったか」
フールは、わなわなと全身を震わせている。
彼の目は遠く、心ここにあらずのようであった。
(地雷踏んじまったかな)
寝太郎にだって人に聞かれたくないことなどいくらでもある。
これ以上は、深堀りしない方が良さそうだった。
「悪かった。もう聞かないから、落ち着いてくれ、爺さん」
フールの伏せていた顔が持ち上がると、
「――――ふが?」
と、うつろな瞳をしていた。
「ガソリン切れか? おい爺さん、外に行くんじゃないのかよ?」
「飯はまだかのぉ?」
言葉とは裏腹に、神草を渡しても、食べようとしない。
「ああ…もういいか」
寝太郎は、寝ているコロナに対し背を向け座って、背を預ける。
両手を頭の後ろに組んで頭を支え、わかったことを整理した。
フールは思ったより凄い人物だった。
三英雄とまで呼ばれ、人と魔人の戦争を終結させた。
そんな人間ですら、思い出すのがキツイほどの経験をしているのである。
現代の歴史でも。英雄と呼ばれる存在は、何らかの犠牲者である側面もあった。
人に担ぎ上げられて、損をして、それでも歴史に名を刻みたいかどうかと言えば、嫌な話しである。
(そうか。俺はだから勇者にならないんだなー、うんうん、そういうことだったんだな)
寝太郎は自分で自分を納得させたが、間違いなく違う。
彼は根っからのニートで、頑張りたくないだけであった。
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