第10話ニートと魔人の子6


 そこは神獣大陸よりも北の方角にある、広大な土地。

 中でも、山岳が並ぶ僻地には、天気の機嫌が悪いのか、どんよりとしたくもり空が広がっている。

 そんな一帯の一部に、城塞都市としても機能している、魔王城が存在していた。

 魔王城の中でも、ひときわ豪奢で、怪しげな紫を基調とした光を持つ一角が、謁見の間である。 

 謁見の間には、魔王の座る長椅子がある。これは横に寝そべることができる仕様にもなっているためだ。

 玉座というよりも、ソファーにも近いものである。

 そこにはすでに、肘当てに、腕を置いて、足をすらっと伸ばす、魔王の姿があった。

 魔王の頭には、少し太めの、ねじれた白い立派な角が、横に二本生えている。

 肌は、他の魔人ともども、藍色であったが、張りを感じさせた。

 髪の毛は長く、腰まで届き、ツヤまである。ゆえに見た目は、若い20代のごとき風貌を保っている。

 とても彼女が500歳超えの老婆とは誰も思わないし、口にでもしたら、笑顔で消されるだろう。

 3代目魔王、それが彼女、ルクスリアなのだ。

「わたしの命令なしに、東方の勇者に会ったそうね」

 玉座は少しだけ高い位置にあり、ルクスリアが睥睨した先には、ミルヒーとミリードの姿があった。

 威圧によって、二人の緊張は一挙に高まっている様子にあった。

 先に口を滑らせたのは、ミリードであった。

「お待ち下さい、魔王様。ぼくは、ただこのミルヒーのことを心配して、あの森に行ってきただけです」

「あら気が利くのね」

 ルクスリアの口調が軽くなったことで、ミリードも気を一瞬だけ許した。

「ですよね」

「てなるわけがないことぐらい、あなたにもわかるわね?」

 ずーんと、いきなり突き落とされた形となる。ミリードは「はい……」と意気消沈した返事しかできなかった。

 ミルヒーは黙るより無い。ミリードの自爆行為に巻き込まれたくないからだ。

 ルクスリアは、上体を少しだけ起こしてから言った。

「もぉ……ふたりとも、魔王、ぷんぷん激おこよ?」

 突然何かが憑依したと言わんばかりに、ルクスリアはかなり砕けた口調に変わった。 

 かといって二人の緊張がとけたわけではない。

 この突然切り替わる調子の変調こそが、魔王ルクスリア特有の態度であり、予測不能なものであった。

 ルクスリアはたまに、よくわからない言葉を使うことで有名で、笑おうものなら半殺しにされる。

 つまり態度とは裏腹に、怒っているかもしれないし、あまり怒っていないかもしれないので、予測がつかないのだ。 

 普段ならば、言い訳として嘘を並べ立てるミリードも、魔王の前では軽薄なことができない。

 一見すると軽薄にも思えたルクスリアの態度は、相手を縛り付けるだけの威圧として機能しているのだ。

 単に彼女の素の性格であるとも言えたが。

「ミリードちゃん。繰り返して? 魔王様の言うことは?」

 魔王の「ちゃん」付けが始まるときは、決まって、処刑モードに入ったということでもあった。

 それが分かっているミリードは逆らうことも出来ない。

「ぜ、絶対」

「声小さいよ? ほらもう一度言って? 魔王様の言うことは?」

「絶対です!」

 呆れたようにルクスリアは首を横に振った。

「そんなブサイクに教えたつもりはなかったはずでしょ? こう明るく、ぜた~い! と元気よく楽しく言うの。ほらやってみて?」

 かっこつけが基本姿勢のミリードにとっては、地獄のような仕打ちである。

 血管が浮き出るあたりで、ミリードは、かっと目を見開いた。

「ぜった~い!」

 ミリードは、笑顔を作ってから手を上げて、ほがらかに叫んだ。

 ルクスリアは、少しだけ凝視し、ぱんっと両手を合わせてから、笑顔になる。

「はい、よくできたわね。偉いわ。もう二度としないでね?」

「はい」

 ミリードは、笑顔を維持するのがやっとの様子である。

 まるで子供を躾けるかのごとき振る舞いであるが、着実にミリードの精気は奪われていた。

 やがて彼の退室は許可される。

 魔王に背を向けたあたりの彼は、深く沈んでおり、ねじれてしまった自分の矜持を、どう修正するかでいっぱいっぱいのようであった。 ミリードが退室し、部屋には、ミルヒーとルクスリアだけとなった。

「ミルヒー、もっとこっちに来なさい」  

「はい」

 ミルヒーは、二歩ぐらい魔王の王座に近づいた

「もっと近づいて」

 ミルヒーは、ほんの少しだけ近づく。

 静寂が訪れたが、ルクスリアはすぐさま、悲しげに言った。

「もぉ、どうしたの? 昔のように、もっと、ばーば、と言って甘えてくれないと、寂しーいわ」

 立場を理解しているミルヒーは、そんな軽薄な態度が取れない。

 むしろ魔人の世界で、孤立してしまうことの原因が、魔王に甘えていたことも原因だったのだ。

 ミルヒーは、甘えたくなかった。

「いえ、あたしは今回失敗しました」

「失敗? 何もしていないわ」

「え?」

「わたしが言った通り、勇者が居たでしょう?」

「彼が勇者だったのかどうかはわからなかったです」

「いいえ彼は勇者よ。確定事項なの」

 妙に断言されるのだが、これまで魔王ルクスリアが確定した事実を述べて、外れたことがない。

 ミルヒーは思い切って聞いてみることにした。

「わたしはなぜ彼と、け、結婚しないといけないんですか?」

 ルクスリアは、左手の人指し指を頬に当て、考える素振りを見せる。

「結婚は、いや?」

「そうではなくて。何で人間となんて」

「彼、つまらない男だった? ひどいことされたの?」  

 ミルヒーは、寝太郎の姿を思い浮かべたが、遊んでは食って寝転がっている姿しか思い浮かばない。

「変なやつでした。森から出る気がないみたいで」

「出る気が無い? ふふ」

 ルクスリアは、微笑しつつ、「賢いわね」と言った。

(賢い……? あいつが?)

 ミルヒーがどう逆立ちしても、そんな単語は出てこない。それでもルクスリアの言葉が嘘であるとも思えなかった。

 ルクスリアという魔王は、その先見性でもって、道を切り開いてきた。 

 かつて彼女は、1代目魔王の時代、ハーフである存在であれば、死もありえた時代を生き延び、更には、最強と呼び声の高い勇者からの襲撃に耐えながら、2代目の掌握していた実権を裏で簒奪した。

 過去勇者と呼べるレベルの人物と対峙したのは複数あるも、倒れたことはなく。

 近年に至っては、王座までやってきた勇者と対峙しながらも痛み分けとなっている。

 魔人の内乱が生じてもそのすべてを退け、未だに玉座に座っていられるのが、3代目魔王ルクスリアなのだ。

 彼女の先を見通す力は、人智を超えているとされている。

「それでどれくらい進展はあったの? A? B?」

「え?」

「まさかC!?」

「言ってる意味がわからないです」

 ルクスリアは、ミルヒーに聞こえるぐらいの小声で述べた。

「ちゅーしたの?」

「しません! なんであんなやつと!」

 ミルヒーは落ち着かずに髪の毛を触る。

 その様子を見てルクスリアは感心したようだった。

「あら、意外ね」

「違いますから。どうしてこんな話しになるのか」

「親として、子供の幸福に興味を示すのは当然のことよ」

 ミルヒーは、これまでずっと優しく見守ってくれた、ルクスリアに対する感謝の気持ちが芽生える。

 だからこそ彼女は、正直な気持ちを述べたかった。

「わたしを自分の子供のように、ここまで大事に育ててくれたことは、すごく感謝しています。でもわたしは、魔王様のように、自分で道を切り開きたいんです」

 これを聞いた、ルクスリアは、優しく笑顔を作る。

「そう、わかったわ。無理強いはしない。ただ、あなたは特別なのよ。世界の未来がかかっているぐらいにはね」

 ミルヒーは、ルクスリアに特別と言われて育てられてきた。

 それが愛情を注ぐことだと思っていたが、最近になって、別の意味があるんじゃないかと思えてきていた。

 その意味を尋ねても、きっとルクスリアは誤魔化してしまうことだろう。

 だからこそミルヒーは、ルクスリアにときより、恐ろしさを感じることがある。

 先を見通す魔王は、自分を見ているようで、実際には先に広がる景色を見ていることに繋がっているのではないか、と思えるからだ。

(よそう、こんなこと。恩知らずだ)

 ミルヒーは、ルクスリアに対し、感謝の念の方が強くあった。

 彼女は、ほんのり感じている違和感を、それ以上深堀りすることはしないで、しまっておくことにした。

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