第8話ニートと魔人の子4


 寝太郎は、林の影より、頭を突き出すと、あたりを見回した。

 あたりに気配はなく、風と共に泳ぐ木々と、僅かな鳥のさえずりが聞こえるだけだ。

息を潜めていた寝太郎は、ここで思い切って行動するために、表に出てきた。

 しかし、彼の背後をめがけた、思い切りの良い蹴りでもってよろけた。

「うっ!」

 態勢を立て直そうと体をひねるのだが、ときすでに遅く、転がるようにして地面に倒れ込んだ。

 すぐに起き上がろうと、上体を起こすために、腹筋に力を入れたが、その腹目掛けて重しが乗っかる。

 ミルヒーが寝太郎の腹の上を占拠する形で拘束していたのだ。

「あたしの勝ち」

 これで通算何敗目か、追いかけっ子をしても、ミルヒーには容易に捕まってしまう。

(遊んでるときの方が潜伏上手じゃねぇか? こいつ)

「あんたまた何か考えてるの?」

「……何も」

「嘘言うな。重たいとか…重くないし!」

 ひょい、とミルヒーは腹の上から、横に逃げる。

 勘がいいのか悪いのか、彼女の場合、両方で等価なのだろう。

 寝太郎は、一週間も前では考えられないほど、自然体でミルヒーと話をしていた。

 森の中は暇すぎたので、遊ぶぐらいしかやりようがないだけなのであるが、彼女は殺す、と口にしていたことを覚えているのか、ふいに気になった。 

「魔法は使わないのか?」

 何で? とは言わずに、彼女は答えた。

「ほんと、なんも知らないのね、あんた」

 そのとおり過ぎて、反論の余地もない。

 ミルヒーは続けて説明した。

「魔法を使うには、魔力回路が必要なのよ。普通人間は、全員持ってる。でも魔人は持っていないの」

「もしかして、補助が必要ってことか?」

「そう。疑似回路が組み込まれているの。前に落として壊れたのは、疑似回路といっしょに使う、補助をするための魔道具」

 寝太郎にとってみれば、初めて知った世界のルールであり、どれも興味深い話しだ。

(その回路は、俺にもあるのか?)

 例えば寝太郎には、植物や、木などを、ある感覚で観測すると、光を見ることができる。

 かといって、魔法は使えない。仕組みがわからないからだ。

 ミルヒーは、両手を組んで後頭部に当て、頭を支えながら地面に寝転がった。

「やっぱりあんたが勇者なんてありえないか」

 しかしよくよく見ると、彼女は、凄い格好をしている。

 比較的に軽装にしていたのだろうが、ベルトのように巻き付いた、上半身と下半身の着用物は、肌身を晒しているし、上半身に関しては溢れる胸の脂肪を、もはや隠すつもりもないらしい。

 これでマントを羽織っているだけなので、ちょっと見方を変えると、夜の街を歩いている子なんじゃなかろうかと思えてくる。

(おっさんくせぇ……いやおっさんなんだが)

 かといって邪悪な心が芽生えてこない。

 寝太郎は何故か、この肉体になってから、衝動的な感情が漏れ出すこともなかった。

 まったく無い、というわけでもなさそうなので、不思議なものである。

 もといた現代では、衝動を掻き立てる便利なものが、近くにあったせいもあるかもしれないが。

(あの生活の方が異常だったのかもなぁ) 

 寝太郎も、ミルヒーの隣で、横になった。

 森の静謐な空気しか感じない。

「本当にぜんぜん、出る方法とか探さないよね」

 ミルヒーが突然そんなことを聞く。

「探してるが、実際無いからな」 

「必死じゃない、てこと。あんたが必死に探さないんじゃ、あたしも出ていけないじゃん」

「俺たちに付き合うこともないだろ。お前にはお前のすることがあるんだし」

「そーだけど、さ」

 ミルヒーはこの点は深くは答え無かった。

 かといって、寝太郎も、ミルヒーに出て行けと言わないし、言ったこともない。 

 そもそも、出ていくも出ていかないも、彼女の自由だと思うし、出て行きたくないからといって、理由を聞かなかった。

「いっしょーこのままなの?」

「かもな」

「本当に?」

 ミルヒーは、寝太郎側に体を向けて、やや金色に光る瞳でもって見てくる。

 寝太郎は、彼女の目を見つつも、答えた。

「ああ」

「このまま、あんたとあたしとコロナと、みんないっしょで、年老いて、それでいいの?」

「いいっていうか。そうなったら仕方ないよな」

 寝太郎とミルヒーは死んだとしても、コロナに関しては、寿命は長そうだ。

 コロナ一匹を、残していくのだけは心残りではある。

 それより前に、出ていくか、それとも人がやってくるかして、自分たちの代わりに、コロナを引き取ってくれたりしたら、安心できそうだが、それにしても先の長い話しである。

「……じゃぁ出ていかないでよ」

「ん?」

「そうすればあたしはあんたを」

「いや断るし」

 間があって、

「なんで!」

 とミルヒーが大げさに反応した。

 そういう雰囲気だったでしょ、と言いたげであるが、寝太郎にとってみれば、そうはいかないのである。

「外に出られたら街に行って、買い物したいからな」

 近代人だった彼のニート根性は格が違う。

 外の町をコンビニ代わりにしよう、と考えているのだ。

「……文無しが何言ってるの?」

 軽蔑した目で見てくるが、寝太郎はひるまない。

「大丈夫だって、あの薬草のお陰で、お前の足の傷も1日で塞がったじゃんか。これを高値で売るんだよ」

「最低ね、あんた。やっぱり勇者じゃない」

「最初から言ってるだろ、勇者じゃない、て」

「あんたなんて、外に出たら、すぐさま魔王様に消し飛ばされるよ」

「いやそれは困るだろ。お前からも言ってくれよ、彼は勇者じゃない、て」

「知らない。消されちゃえ」

「ちっ。わかったよ。結婚してやるから、それでいいんだろ?」

「舌打ちしたわよね今。仕方ないからやってやるか、て感じで言わないでよ」

『ねーねー何してるの?』

 コロナが二人のいる場所まで顔を出してきた。

 二人は、あ、と気がつく。かくれんぼは、コロナもいっしょにやっていたのだ。

『ぜんぜん来ないんだもん。面白くないぞ』

(だって、すぐ見つかるんだよな、こいつ)

 どこに行っても行ける範囲が決まっているし、コロナはでかいし、銀色なので目立つ。

 逆に鬼をやらせると、早すぎるし、強すぎる。 

 二人とも、完全に忘れていたわけではないが、話し込みすぎたのだ。

 こうして遊んで、話し合い、食って寝て、1日が簡単に過ぎていく。

 寝太郎からすれば、誰かといっしょにいるお陰もあってか、ニート時代に感じた日々よりも少しだけ濃い日常だ。

 とは言え、寝太郎自身、そんな日常が終わりを迎えることぐらいは、予想していたのだが。 

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