第7話ニートと魔人の子3
あたし、ミルヒーの名前をつけたのは、魔王様だ。
最初、あたしが見つけられたのは、小屋の中だったらしい。
母親の顔も、父親の顔もわからない。
どうして、あんな場所に居たのか? こんな疑問は意味が無い。
世界で子供が捨てられる理由なんてくさるほどあるもの。
魔人と人の子供なら、なおのことね。
魔王様は、自身がハーフであるためか、あたしのことを大変目にかけてくれて、可愛がってくれた。
昔、魔人の世界では、ハーフに対する偏見があって、今でも、あたしみたいに角が無いタイプのことを「角なし」とバカにする。
今の魔王様のお陰で、ひどい目にあったことはないけれど、魔人の世界においての立場は微妙だ。
魔王様に目にかけられている一方で、他の魔人たちの目は冷めている。
露骨に嫌なことはされたことがないけれど、疎外感がいつもあった。
食事を取るとしても、一人。遊びをするにしても、一人。
まるで、透明なバリアが張られたみたいに、誰もあたしに近づきたがらない。
いつか言われたことがある。
何の理由もなく、魔王様に認められていることが、気に食わない、というのだ。
一度魔王様に尋ねたことがある。どうして、あたしを特別に扱うのかと。
「それはあなただからよ。あたなであることが特別なの」
あたしが特別だと言われても、そんな風には思えなかった。
その内、認められないのは、一人前と認めらるような、功績が無いからだ、と思うようになった。
今の世の中で、それなりの功績となると、かなり大きなことじゃないといけない。
あるとき、魔王様があたしを呼びつけてこう言った。
「西の国ゴーカで、帰らずの森というのがあるのだけど、そこに東方の勇者がやってくる」
それを聞いてから舞い上がってしまい、何か言われた気がするが「わかりました!」と言って元気よく出て行った。
確か何かを言われた気がするのだが、あまりにも、意味不明だったので、よく覚えていない。
東方の勇者を討伐できたとあれば、魔人の世界でのあたしの注目度は、抜群に高くなる。
みんなが認めてくれるようになる。
あたしは森の出入り口に到着して、そこで勇者が出てくることを待ち構えた。
1日目。
何も起きなかった。
まぁ1日目だし、仕方なし。
2日後。
何も無し。
人間の町に変装して潜入し、確認したけど、勇者の情報は無かった。まだ現れていないってことだ。
3日目の朝。
何も無し……て、もう無理!
だって野宿キツイんだもん。
硬い地面に寝てるせいで体がバキバキだし、暇過ぎるし、持ってた非常食も尽きたし、限界だった。
あたしは森の中に入った。
そこで見つけた黒髪黒目の、まさに伝説の通りの東方の勇者そのもの。
なのに絶望的な大失敗。
聞いていないでしょ、あんなのが裏に控えているなんて。
しかも、こいつ自身に言わせると、一ヶ月も前から居たとか、そんなバカみたいな時間、ここで何してたのよ…
こいつ、本当に勇者?
いや、魔王様の言うことに間違いは無いはず。魔王様はいつも正しい。
食べ物を渡してきて、侮って見られるのに腹がたった、絶対仕留めてやる。
勇者を必ず倒す、でないと、あたしの居場所なんて無いんだから。
* *
寝太郎はミルヒーを探しに行った。
彼女が戻るのは、先程寝太郎を襲った場所以外に無いはずだ。
あのとき、寝太郎がミルヒーに向かって投げたアイテムを取りに戻っていると思ったからだ。
案の定、彼女は林の影にいて、伏せているようだった。
振り向く彼女の顔には、苦渋が滲んで見える。
ちらりと見える足元から、枝が見えた。
枝は、折れていたのか、切っ先が鋭く、彼女の右足のももを貫通し、膝の方に向かって突き出ていた。
あたりの木は、竹のように生命力が高く、硬い木が並んでいる。
折れた枝が、たまたま、彼女のむき出した足に向かって突き刺さったわけだ。
近づいて様子を見ると、血の色は、濃い黒に見えたが、流れ出た血が乾いた部分は、緑色をしている。
木の枝は細身ではないが、切断可能な範囲でもあった。
寝太郎が持っている小太刀でも、頑張れば切れるだろうが、どのみち足からは引き抜くことになるだろう。
そこで寝太郎は、コロナに尋ねた。
「傷口を塞ぐ、薬草みたいなのは無いのか?」
『あるぞ。取ってきてやる』
と言ってコロナは颯爽と駆けていった。
二人きりになった頃に、ようやくミルヒーの顔を伺ったが、悔しそうな顔で激痛に耐えている中、湿った目で見てくる。
涙は見せまいとして、我慢しているのだろうが、相当しんどそうではあった。
刀は、ナタでは無いのだから、枝とは言え切断するにしても、かなり難しそうだ。
取り出した小太刀に反応し、びくっとミルヒーが反応したので、一言、断っておくことにした。
「危ないから動くなよ」
これを使ってダメなら、すぐやめる予定だった。
ぐっと小太刀の握る部分に力を入れたとき、不思議な感覚があった。
刀に自分の一部が奪われたかのような、しかし激痛でもないため気にせず、枝に当ててから押し込むようにした。
手応えとしてはあったのだが、これが驚くべきことに、厚紙でも引き裂いているようにさばけた。
(怖すぎるだろ…)
小太刀を見ると、ぼんやりと薄い光りの膜が覆って見える。
その光はやがて消えていった。
寝太郎にとってみれば、SF的な要素で、超振動や、電動や、レーザーのようなものを想起する。
あまりの切れ味に怖気づき、鞘にすぐ納めた。
とうの、小太刀の切れ味を目撃したミルヒーは、若干震えつつも、顔面を頑張って取り繕っている。
(痛いだろうに、頑張るなぁこいつ)
その頑張りは空回りし続けている。
失敗してもやめられない理由が、ミルヒーにはあるということだ。
寝太郎には無い、情熱というか信念に近いものがあるのかもしれない。
『取ってきたぞ』
と言って、コロナは何枚かの草と、蔦を持ってきた。
蔦は縛るためのものだろうが、心底、気の利く獣である。
もしくは、この獣の母だった人物の知育が大きいのだろう。
彼がいなければ今頃、寝太郎も死んでいる。
まずはミルヒーに言った。
「足を上げてくれ」
「な、なんで?」
「いやだって出血が」
「おかしなことしないで! 余計なことしなくても、何とかしてたし」
出血時には、患部を心臓より高くするべきなのだが、会話してる暇も惜しいと寝太郎は思った。
「だいたいあんた、普通は魔人が人を、あぎゃああああああ!」
寝太郎が、思い切って枝を引き抜いたことで、ミルヒーはのけぞり、叫んだ。
そのまま後ろに倒れてくれたのでちょうど良く、足を上げて自分の膝に置いて、治療をすることにした。
寝太郎は、緑の葉っぱを、傷口に当てようとしたところでコロナが、『違うぞ』と呼び止める。
『こうするんだぞ』
コロナは何枚かの葉っぱを食べると、もぐもぐと噛んでから、『んべー』とべろを出した。
べろには、草の残骸と透明な液体がある。
(うぇぇ…)
寝太郎が、いやいや手に取ると、唾液なのか草によるものかはわからないが、粘着性の高い液体が手についた。
かろうじて、顔を起こしたミルヒーが、「そんなものをあたしに付けるのか」という涙を浮かべた目で見てくる。
でも仕方がない。この森の理屈において、コロナより秀でた知識を持つ存在はいないのだ。
べちゃっと貼り付けると、傷口はふさがり、血を止めてくれた。
これならば、傷を塞ぐ効能としても十分である。
あとは、残った葉を使って、傷跡を覆い、蔦を使って結んだ。
落ち着いたところで、寝太郎はミルヒーに尋ねた。
「お前さ、本当に俺を殺せ、とか言われたのか?」
「そうよ」
「絶対違うだろ」
「なんでそんなことがあんたにわかるの」
(だって、こんな間抜けなやつを、一人で行かせるわけないじゃないか)
と正直に言うと、またこじれるので、ちょっと寝太郎は考えてから言った。
「例えばさ、ハニートラップとかあるだろ?」
「はにー何?」
「つつもた、いや、えーと…男を誘惑するとか、わかるか?」
「う、うん。でも魔人が人間を誘惑なんて」
「そうなのか? 魔人と人の子供とかいないのか?」
ミルヒーはこのとき、(こいつ実はわかってて言ってるんじゃないの?)と思っていた。
同時に、ミルヒーは大事なことを思い出してしまう。
思い出したことで彼女は、口にしていた。
「結婚」
「え?」
「結婚しろと言われた」
ミルヒーは、自分で口にしておいて、絶望的な顔をしている。
寝太郎も、意味不明過ぎて、少し空白ができた。
「なんで?」
改めて寝太郎に言われると、ミルヒーは、体が熱くなるほどの恥じらいを覚えた。
「し、知らない。そう言われたの」
「それにしたって何で俺を殺すんだよ」
「結婚を、うまく解釈したら、暗殺かな、なんて」
「……お前頭おかしいのか?」
ミルヒーは、なお顔が赤くなる。
「うるさいうるさい! そんなのわけわからないんだから仕方ないじゃない! 殺すぐらいしか思いつかなかったの!」
少々追い詰めすぎたので、ごほん、と改めて寝太郎は述べる。
「結婚が、仮に本当だったとしよう」
「う、うぅ」
ミルヒーは受け入れがたいのか、たじろぐ。
「俺は勇者じゃない」
「勇者じゃなかったら何?」
「ここの住人」
「嘘よ。隣の神獣は何?」
ミルヒーは、コロナを指差している。
寝太郎も初めて聞く言葉である神獣に釣られてコロナを見たが、
『しんじゅーて何だ? 食えるのか?』
これは、まったく何も知らないという結論に至った。
とりあえず会話がおかしくなりそうなので、コロナを無視することにした。
「こいつは俺の義理の兄弟だ」
「そんな、めちゃくちゃなことを納得しろって?」
「仕方ないだろ。勇者なら今ごろ、魔王を倒すために何かするんだろうが、俺にその気はないし、事実ここを動いていない。じゃぁお前はあれか? 任務の確認もせずに、よくわからないやつを殺すのか?」
ミルヒーは、むむむ、と口をもごもごさている。
寝太郎は、あとちょいで押せそうだな、と思い畳み掛けることにした。
「ほうれんそうを大事するのは社会人として当然だぞ? ほうれん草っていうのはな、ビジネスマナーのことで、報告連絡相談をすることにあるんだよ。何より大事なのはコミュニケーション能力で、これが欠けたら仕事にならな」
「わかった、わかったから! 意味のわからないこと言わないで。あんたのことは、保留にしとく」
ミルヒーは、髪を触りながら、自分をなだめるようにしていた。
納得はできないが、仕方ない、そんな感じである。
寝太郎は、立ち上がると、ミルヒーに右手を差し出した。
「じゃぁ、ここから出られるまでは、お互い助け合うことにしよう」
ミルヒーは小さく、「……こっちは助けられてしかいないのよ」と漏らす。
「なんか言ったか?」
「別に。いいわ、条件を飲んであげる」
こうして彼らは、つかの間の同盟として、お互いの手を結ぶことにした。
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