第5話ニートと魔人の子1


 神獣国家と呼ばれる巨大な4大大国がある。

 神獣と人が暮らす広大な土地には、様々な種族と、人の交流が存在し、各国には、人を守護する神獣が一体暮らしている。

 そんな世界のほんのごく一部。

 誰も立ち寄らない森が存在していた。

 この森に立ち寄ったら、誰も帰っては来られない。

”帰らずの森”と呼ばれる場所に、一人の男の子、中身は純度100%のおじさんが、暮らしていた。

 彼は、自分の名前を、適当なことに寝太郎と名付け、森から抜け出すでもなく、手段を探すでもなく、だらだらと生きていた。

 今日も、寝太郎は、一人気持ちよく用を足していところ、怪しくも黒い影が、寝太郎の背後に向かって静かに近づき、逆手に持った銀色のナイフをきらめかせた。

『にーちゃん』

 突如として、寝太郎の前に、白銀の毛並みを持つ獣、コロナが現れた。

 寝太郎の背後に居た存在は思わず、びくっと驚きのあまり硬直する。

「ん?」

 さすがに、寝太郎も背後の気配に気づいて振り向く。

 薄いローブを全身にまとっている存在がそこに居た。

 顔が見えないように覆面までされていたが、昼間なので顔が見えた。

(青?)

 寝太郎の認識は正しく、相手の肌の色は、薄い藍色と言えた。

 彼は相手の右手に持つナイフを見て、野盗か何かかと思った。

「コロナ。遊んで上げなさい」

『なんで?』

 相変わらずコロナは、世間ズレが酷すぎて、状況が読めていないようである。

「なんででもだ。あとで毛づくろいしてあげるから」

『うん。わかった』

 コロナは毛づくろいが好きのようだ。

 かつて、寝太郎は子供の頃、猫を飼っていたことがあるので、コロナを撫で回すと喜んでくれた。

 でも、全身グルーミングを要求してくるので、あとで物凄く大変である。

 コロナが、のしのしと前に出て、野盗と対峙する。

 相手も大きさと威圧感によってたじたじの様子であった。

「くっ」

 野盗は、負けじと構えている。

 投げ出さないだけ根性が座っている。

 更に、驚いたことに、一括でもって、立ち向かって見せた。

 コロナは、ナイフにすら届かない段階で、野盗の前から消えてみせた。

「ああ!?」

 野盗の体は持ち上がる。

 コロナは、襟首を咥えて、掴まえていた。

 寝太郎は、コロナと遊びと称して追いかけっ子をしたことがあるが、傷つけない程度の立ち回りが得意だと、そこで知った。

 前足で押さえつける力加減を心得ているし、こうして、甘噛程度に人を持ち上げる行為もできる。

 野盗は暴れたが、うまいこと衣服に絡まっているせいか、身動きが取れなくなる。

 そのとき、フードの部分であったところが取れて、顔が見えた。

 寝太郎が最初に確認した通り、藍色の肌質をしている。

(魔族? 悪魔?)

 この世界の中でどの種族、どういう性質なのか、わかりかねた。

 顔つきからして、若い女の子に見える。 

 寝太郎は早速質問を投げた。

「お前なんなんだ?」

「…………」

『誰だ~?』

 コロナは、旗でも振っているごとく上下左右に、野盗をバタバタと振り回し、彼女が装備していたいくつかの装備を、地面に投げ出す。

 振り回し終わった頃には、野盗は、すっかりおとなしくなっていた。

 寝太郎は、足元に転がったいくつかで、かなり変わったものを見つけた。

 手のひらサイズの鉄の物体。

 見た感じとしては、近代的、否、完全に近未来的な道具にすら感じられる。

(この世界は、剣と魔法とファンタジーじゃ無いのか?)

 外の世界は思っているより、文明が発展しているのかもしれない。

 だが、ならば、最初のナイフで襲ってきた野盗をどう見ればいいのか。

 これは、ぐったりしている野盗に問いただすしかないだろう。

 野盗はナイフを手放しているようだし、他に装備は無さそうだったのでコロナに向かって言った。

「離してやれ」

『暴れるぞ?』

「おいお前。暴れたら、もっと遊ばせるからな」

 野盗は、うんとかすんとか言うはずもなく、おとなしくしている。

 そして背後にコロナを待機させながら、咥えている相手を下に降ろした。

 彼女は、女の子座りをして、萎れた花のごとく静かにしている。

 寝太郎は会話の切り口を探った。

「お前って……悪魔?」

 見当違いだったのか、きっと睨まれる。

「あたしは魔人だ」

「魔人? 魔族がいるのか?」

「何当たり前のこと言ってるの?」

 外の世界では、人と魔人が暮らしているようだ。

 まだ引き出せないかと思い、寝太郎は続けた。

「なんで襲ってきたんだ?」

 魔人の子は、はぁ? て感じの半目でもって、口を閉ざす。

『なんで?』

 コロナは純粋に聞いただけだが、魔人の子は、悲壮感あふれる目に変わる。振り回したことが、よほど効いたようである。

「ゆ、勇者が! この森に居るって聞いたから! 魔人が襲うのは当然じゃない」

 魔族と勇者が対立している図式は、酷くわかりやすい図式である。

 しかし気になったのは勇者のことであり、寝太郎自身を差しているということにあった。

「俺が勇者ってどういうことだよ」

「その見た目からして明らかでしょ。黒髪。黒目。伝え聞く東方の勇者そのものよ」

 どうも黒髪で黒目は相当珍しい部類であるらしい。

 それにしても、東方の勇者とは、洒落た名称があるものだと思った。

 勇者と言えば、ゲームで言うところのド○クエ的な配役なんだろうか。

 つまり、魔族を打ち倒す勇者は、対立構造にあるわけだが、寝太郎は勇者的な特性を一切持っていなかった。

「俺は勇者じゃない」

 魔人の子は、詐欺師はみんなそう言うのよ、と言いたげに半目で見てくる。

『そうだぞ。にーちゃんはにーちゃんだぞ? ゆーしゃなんて名前じゃないぞ』

 コロナの無意味なプレッシャーに対し、魔人の子は、「うぅ」と漏らす。少し可愛そうでもある。 

 話題を少し変えようと思って、寝太郎は持っていたカプセルみたいな物体の説明を求めた。

「これ何だ?」

「……」

『なんだ?』

「い、言えない! 敵に言うわけないじゃない!」

 寝太郎も適当にあれこれイジってみたが、びくともしない。

 ただ、形こそ違えど、寝太郎の記憶にも見覚えのある、ある形と似ている気がした。

 寝太郎は、思いつくまま、自然と腕を上げて構えた。

「行け! モ○スター○ール!」 

 軽く投げてみたところ、丸い鉄の物体は、魔人の子の頭を直撃した。

 相手は、「あうっ!?」と漏らす。

 寝太郎は慌てた。

 体に当てるつもりで、投げたつもりだったからだ。

「わ、悪い。大丈夫か?」

 魔人の子は、ますます険悪な目つきでもって、寝太郎のことを見てくる。

 誤解なんです、と言えば言うほど、状況が悪くなりそうだ。

 寝太郎は、はぁ、と嘆息する。

「お前が何か知らないが。最低限言うと、こっからは出られないからな」

「う、嘘でしょ?」

 初めて、魔人の子は表情を変えた。

「嘘じゃない。ずっとここで暮らしてる。多分一月ぐらい経過したんじゃないか?」

 こう言ったところで信じてもらえないだろうな、と思ったが、存外にも魔人の子から反論は無かった。

 何か思うところがあるのか、現実に打ちのめされるごとく、「……嘘よ」と独り呟いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る