第3話ニートと神獣3


『お腹減った』

 白銀の虎の最初の一言から、お腹が鳴り出すまでそう長い時間を要さなかった。

 腹の音は、何か一匹お腹に飼いならしているんじゃないか、というぐらい森に響いた。

 半日歩いて、動物らしきものは一匹たりも見当たらない。

 土を掘り返して、虫を差し出したら、怒って腕まで食べられるだろう。

 どのみち、時間の問題に思えた。

『あ、あった』

 背後から声がして、ぎくっと、背中に悪寒を走らせる。

 そろーり背後を伺うと、白銀の虎の彼は、地面に向かって、何かを食べているのだ。

(本当に虫でも食ってるのか?)

 覗きに行くと、食べていたのは、どうも草のようであった。

 これほどの巨体にして草食動物とは理解しがたい。

『お前も食え』

 と言って寄越してくる。

 獣に、人並み扱いされたことに、なぜか一瞬、じーんと来てしまった。

 手に取ってみたが、見たこともない植物であった。

 厚みのある草。特有の癖のある匂いはなく、土の香りがある。

 背に腹は代えられない、思い切って口にしてみた。

(なんだこれ)

 弾力のある食べごたえは餅のようである。

 みずみずしさがあり、食べづらいということもない。

 ほんのりと甘さがあり、例えるなら、やわらかな餅に近い。

 とは言え、お菓子ほどの甘さなどなく、甘みとしては不足している。

 雑味がない分食べやすいのだが、味気ない。

(でもこれで腹が保てば)

 何とかなる、と思っていたのだが。

 寝太郎は、違和感を感じ、お腹をさする。

 いや、これまでずっとぼんやりとして、感じようとしていなかったものが、胃に固形物が入ったことで、ハッキリとしてきたと言い換えていいだろう。

(むしろ減ってる?)

 空腹の感じが、よりしっかりしてくるのだ。

 しかし一方、食べきれなくもなってくる。空腹感はあるのに満腹という、何とも気持ち悪い感覚なのである。

 具合の悪さは白銀の虎も同じようであった。

『最近、食べても食べてる感じがしない。何でだ?』

(そんなの俺が知りたいわ)

 一瞬、毒物を想定したが、白銀の虎の話を聞く限り、そういうものでもなさそうだ。

 圧倒的な満たされ無さなのだ。

 何かが足りていない。

 その何とは、具体的に言えない、もどかしさを抱える。

『動きたくの疲れた』

 子供みたいなことを言い出し始める。

 草を食ったあたりから、この巨大な肉食獣に対する認識が、寝太郎の中で変わりつつあった。

「お前が出たいって言ったんだろ?」

『出られるの?』

(出られません、て言え無いわけだが)

 寝太郎は、大人としての振る舞いを心がける。

「そうなるように頑張るんだよ」

『えー頑張りたくないぞ。嫌だぞ』

 これでは、皮が獣なだけの、わがままな糞ニートである。 

 糞ニート精神に入ると、頑張る、という励まし文句は禁句だ。

 子供が勉强したくないのに、「勉强しなさい!」と叱ると、やる気を上げるより、プレッシャーでストレスが上がる。

 我慢しろ、と言うからには、相手を見極める必要性があるのだ。

 白銀の虎に、「むしゃくしゃするからお前食う」と言われた日には、おしまいである。

 ふぅ、と寝太郎は、嘆息した。

「わかった、休もう。どこか休める場所はないか?」

『あるぞ!』

 休めるとわかった途端元気になる。

 これもよくあることである。



 * 



 やってきた場所は、開けた場所で、木が無く、野原が広がっている。

 ところどころに小山ができており、凸凹しているようだった。

 中央に、錆びた剣が抜き身で差し込まれている。

(どう見ても墓だ)

 休める場所=お前の墓場だ、と言うわけだろうか。 

 馬鹿な獣かと思ったら、なんて気の利いたやつなんだろう。

 寝太郎は、顔を歪めて目をつむり、天を仰いだ。神がいるなら助けて欲しい、そう願った。

『何してる? こっち来い』

 少し先に行った、白銀の虎に睨まれる。

 寝太郎は、渋々と白銀の虎のいる方へと歩いていく。

 何か無いかと考えたが、ずっと逃げ出せないか考えた挙げ句、無理だと思っていた。

 たった数十秒のあいだに脳天を貫くアイデアが浮かぶはずもないのだ。

 白銀の虎が前にしていたのは、剣の刺さったお墓であった。

 剣とは人が使うものである。

「誰の墓なんだ」

『ハカって何だ?』

 そこからか、と思いながらも、子供に語りかけるごとく丁寧に述べた。

「墓は、動かなくなった生物を埋めておく場所だ」

『母を埋めたぞ』

「だってこれは人の墓じゃないのか」

 白銀の虎は沈黙して、ぽやーんとしている。

 意味が分かっていないからなのか、答える意味も無いからなのか、その表情からは読み取れない。 

 軽く推察するに、人が彼を育てたなら、人間である寝太郎を目にしても、お前は何だ? とはならなかったのも、整合性がつく。

『なんで起きないんだ? みんな起きなかった』

 この凸凹になった地面には、他の動物も埋められているのだろう。

「生物が死んだら、二度と起きない」

『なんで? お前は起きた』

「え?」

『お前は寝てたのに起きた、何でだ?』

「いつから俺はあそこで寝ていた?」

『母が起きてた頃には寝てたぞ?』

 ようやく寝太郎は、自分の転生先の肉体のことを理解した。

 この肉体は、あの白い部屋にずっと放置されていた。

 何らかの事情で死んだか、あるいは生まれ、あの場所に放置されていた。

「何で墓に入れなかった?」

『知らない。ここに置くべきだと言われた。あそこが寝る場所だと思ってた』

 白銀の虎が言うからには、おそらく何日も、下手をすれば何ヶ月、いや何年も前から、あの場所にこの肉体はあった。

 仮にミイラ化と白骨化していたら、起きる、とはならないはずだ。 

 肉体はあの場所で、なぜか存在できた。

 確か、パソコンのイルカが「保管庫」と言っていたはずである。

 僅かに聞けたあの言葉通りの意味ならば、保管されていたのは、この肉体の存在ということになるだろう。

 この点を理解するためにも、できればパソコンのイルカから、もっと情報を引き出したかったが、すでに破壊されて存在しない。

 本当に破壊されたのか? とも言えるが、端末機は他にはなく、復活することもなかった。

 であるなら困難ではあるが、白銀の虎から、今少し事情を聞くより無いのだ。

 見ると、白銀の虎は、墓の前に横たえていた。

「おい?」

 呼びかけに対し、白銀の虎は答えず、寝息を立てている。

 本当に疲れていたのか、とがっくりした。

 寝太郎の視界が揺れた。

 空腹感からくる、貧血にも似た現象であった。

神獣を背もたれにしつつ、座った。

(まずいなこれ)

 何がまずいかと言えば、食べても満たされないことにある。

 感覚でわかるのだ、単なる食事では、穴が空いたような虚無感とも言える餓えを、納めることができない。

 もはや起きてるのも億劫になり、寝太郎は目を閉ざした。

 

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