第17話 四人の問題児
「つ、疲れた……」
午前の授業が終わり昼休み。九十九は机に突っ伏して溜息を吐いた。身体は脱力して動く気が起きない。
「疲れたのはこっちだっての!なぁ、飯束」
「ほんと。阿原、あたしのスマホ返してもらって来てよね」
「なんで取り上げられてんだよ……」
「別に……ただ、ライブ配信してただけだし」
蒼は、ショートボブの髪を指にクルクル巻きつけている。悪びれる様子は欠片もない。
「あほか!そりゃ取り上げられるわ!」
「何だってぇ?アホは阿原じゃんよ!」
二人は威嚇するように睨み合う。
「あはは……今日も雪先生怖かったねー」
秋川楓が呆れたように笑い、直後に岡村を思い出したのか顔を青くした。
「お前ら、軍隊みたいな動きだったもんな」
九十九は教室に入った時、岡村の鶴の一声で、生徒全員が俊敏な動きで前を向いたのを思い出した。
「阿原くんがちゃんと来てくれてたら良かったんだよ……とばっちりだよ……」
「その通りだぜ、秋川!もっと言ってやれ」
「それは、俺達を四人一セットだと思ってる雪ちゃんに言え!」
「言えるわけないじゃん、ゆきちゃん先生相手に……あ~もう!連帯責任って何なのよっ」
阿原九十九、菊池一輝、飯束蒼、秋川楓。
この四人は担任教師、岡村の中で一括りにされている。二年B組の問題児グループ――というのが岡村とクラスの生徒達の共通認識であったし、他の教師にも警戒の対象として見られていた。
なんで俺らばっかり……と九十九は甚だ遺憾だが、そう思うのも仕方なかった。確かにこのクラスには、他にも素行の悪い生徒はいる。公立高校故か、どの学年どのクラスにも、不良生徒や不登校生徒等は一定数存在していた。そんな中このクラスで、自分も含めたこの四人が問題児として扱われていることに納得がいかなかった。
阿原、菊池、飯束、秋川の四人は、二年に進級してこのクラスになってからつるむようになった。昔から親交があったという訳ではない。九十九と一輝は中学からの付き合いだが、蒼と楓とは同じクラスになるまで顔は知っているという程度で、話したこともなかった。
ひょんなことがきっかけで今では、顔を合わせれば四人集まってくだらないことを言い合って、くだらないことで怒り、くだらないことで大笑いしている。それが何故か楽しく心地良く、口には出さないが心のどこかで離れがたく思っていた。
そんな彼らは時々騒ぎ過ぎ、授業を妨害してしまうのが玉に瑕で担任の岡村をはじめ、教師陣が格別に目を掛けるのも至極当然の結果なのだが、未だ学生の身である彼らにそれが分かる筈もなかった。
「とにかく、俺のせいじゃねぇ。断じて。お前らはお前らで怒られるようなことしてんだよ」
「えー、でも今日のは阿原くんが悪いよ。雪先生の機嫌損ねたんだから。よってジュース奢るべき」
楓が、腕を組みながら言った。
「いえーい!九十九、はよ買ってこい」
「阿原、ミルクティー。ダッシュ」
「ふっざけんな、てめぇら!」
この三人の自分に対しての扱いに関しても、物申したい九十九だった。この四人それぞれが問題児だということを忘れているんじゃないだろうか。
「あー。だめだ、マジで身体重いわ……寝る」
一瞬テンションが上がったことで、昨夜からの疲労が一気に襲う。
考えてみれば昨夜の出来事があって満足に寝れていないし、起きてからも累のお陰で無駄に心労が溜まっていた。午後の授業を乗り越える為には、この昼休憩で少しでも脳と身体を休ませる必要があるだろう。
「あー、寝るな寝るな!また俺らにも被害が及ぶだろうがっ。つーか、親戚の子ってマジなのかよ?」
「あ?あー……そうだよ……ふあぁ、遠い親戚」
「だーっ、この野郎!寝るなって言ってんだろうが!」
「おら、おら」
机に突っ伏す九十九の頭を蒼が小突く。鬱陶しいことこの上ないが、今は面倒くささが勝る。相手をする気になれなかった。
ぺしぺしと頭を叩く蒼と、ギャーギャー騒ぐ一輝を無視して、意識は
「えっ?ちょ、ちょっと……なに?」
楓の声だ。その声に反応して九十九を構っていた二人も離れていく。やっと静かに寝れる、そう思って眠気に意識を任せようとするものの、眠れない。
教室は普段と比べれば静かだ。静かではあるものの、静寂ではない。そこら中から小声の囁き声が聞こえる。教室全体がざわついているようだ。
「あれ、本物じゃないよな?」
「えっ、コスプレ?」
「嘘でしょ……サムライ?」
耳を澄ませるまでもなく、クラスメイトの声が聞こえてくる。サムライ――その単語に心臓が跳ね上がった。額に汗が滲むのが分かった。そのざわめきは次第に大きくなり、喧騒へと変わった。それは、こちらに向いているようだ。そして、何者かが真横で立ち止まる。
「九十九九十九九十九九十九っ!」
一輝が激しく身体を揺する。九十九はゆっくりと顔を上げた。
下から草履、黒の袴、羽織、藤色の小袖、腰の大小――嘘だろ……家にいた筈じゃ、その言葉が鐘のように頭の中で反響した。
「よう!九十九」
手を上げ、朗らかに笑う佐々木累。九十九は絶句した。
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