幼馴染の父親と話す

「……そうか。全て、私の監督不行き届きが原因だ。すまなかった、俊哉くん」


 幼馴染の父親──卓二たくじさんが帰ってきてから、どのくらいの時間が経っただろう。

 仕事帰りで疲れているだろう卓二さんは、それでも俺の話を真剣に聞いてくれた。用意してあった証拠は提示する必要がなかった。


 幼馴染が自分の行ったことを、父親の前で認めたからだ。娘が認めた以上、卓二さんが疑う余地はない。


 そうして話を終えると、卓二さんは深々と頭を下げて謝罪してきた。


「いえ、そんな……謝られたいわけじゃなくて」

「いいや謝罪させてほしい。私は、父親失格だ。仕事ばかりで愛里の事をあまり見てあげられなかった。いつも、俊哉くんに面倒を掛けていた……その結果こんな事になるとは──本当にすまない。何より、話を聞くまで一切知らなかった事が不甲斐なくて仕方がないよ」


 卓二さんは下唇を噛むと、重たく息をこぼした。

 チラリとソファに座る娘へと視線を送る。


「俺、もうアイツ……愛里さんとは距離を置きたいって考えてます」

「私が言うのもおかしいかも知れないが、気持ちはよく分かる」

「だからその……」

「愛里が今後、俊哉くんに迷惑を掛けないよう、私が父親として教育するよ。だがすまない、具体的に今どうしたらいいかは考えがまとまっていないんだ」

「い、いえ全然……そんなこと」

「でも必ず、今後俊哉くんに迷惑は掛けないと約束する。愛里とじっくり話すよ」


 卓二さんは確固たる意思を持って、宣言してくれる。

 この人は有言実行をする人だ。一度決めたことには真面目に真摯に取り組む。

 卓二さんは信頼して大丈夫だと思う。だからこれからは、卓二さんの判断に任せたい。


「じゃあ俺、帰りますね」

「見送るよ」

「え、そんな大丈夫です」

「そのくらいさせてほしい」


 俺がリビングを後にしようとすると、卓二さんが付いてきてくれる。

 玄関口に着くと、彼は再び頭を下げてきた。


「申し訳なかった。俊哉くんにはずっと迷惑を掛けてばかりで」

「……っ。か、顔上げてください!」


 大人の誠意のこもった謝罪を前に、俺は慌てて言葉を紡ぐ。

 挙動不審になって慌てふためく俺に、卓二さんは尚も続ける。


「愛里にとって俊哉くんはきっと、甘えられる存在だったのだと思う。私が仕事ばかりで彼女に構ってあげられなかった。私が本来担うべき場所を、君に任せてしまった。私は本当に、最低だな。父親失格だ」

「そ、そんなこと……」


 卓二さんは顔を上げると、困ったような申し訳ないような複雑な表情で俺を見つめる。


「最後に一つだけいいかな」

「……はい。なんですか?」

「私の経験上だが、人と人との繋がりは簡単に消せる。一度は結婚をした相手ですら、もう連絡先すら知らないくらいだ。見えないものほど、脆い物はない」

「……そうですか」

「俊哉くんにとって、愛里は憎むだけの存在じゃない気がするんだ。話を聞いた限り、俊哉くんは愛里に何度か助け船を出していた。愛里が変わるチャンスを与えてくれていた。けどあの子はそれを無駄にして、あまつさえ俊哉くんの大事な子にまで危害を加えそうになった。だから、ここまで行動を起こしてくれたんだよね?」

「…………」


 押し黙る俺。

 無言を肯定と捉えた卓二さんは、優しい顔で。


「今後、愛里が不用意に俊哉くんに近づかないよう、私は全力を尽くす。どういう手段を取るかはまだ決め切れていないけど、適切な処置をするつもりだ。自分のやったことをしっかりと反省させる。もう二度と同じ過ちは犯させない。約束する」

「……はい」


 視線を落として、弱々しく頷く。

 俺が踵を返そうとすると、卓二さんはポリポリと頬を掻きながら続けた。


「だからもし……」

「なんですか?」

「…………いや、なんでもない。……情けない話だが、私は、妻……元妻に未練たらたらなんだ。勢いに任せて離婚して、今になっては少し後悔していたりもする。自分のした判断は間違ってないはずなんだけど……不思議なものだよ。私の立場で言うのも烏滸がましいとは思う。けど、私は俊哉くんと自分を重ねてしまっているみたいだ。どうにかならないものかと、立場も弁えず考えてしまっている」

「そう、ですか……でも俺は未練なんかないですから」

「そっか。俊哉くんは強いんだね。私とは大違いだ」


 卓二さんは微笑を湛えると、最後に小さく頭を下げてきた。

 俺はドアノブを握って、扉を開ける。しかし、半分ほど開けたところで手を離した。


「すみません、嘘つきました俺」


 小首を傾げて、俺の続く言葉を待ってくれる。

 俺はポリポリと頬を掻くと。


「俺も、未練たらたらなんです。今日だって、俺自身が区切りを付けるために来たんです。でも結局、何回も決心が揺らぎそうになりました。……思っている以上に彼女ことが好きだったみたいです」


 卓二さんは優しく申し訳なさそうに笑うだけで特に何か言ってはこなかった。

 俺は今度こそ玄関扉を開けると、大きく一歩を踏み出した。

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