元親友の妹は何があっても肯定してくれる
「おかえりなさい。先輩」
電車と徒歩を合わせて一時間近く。
若干外装が汚れたアパートに戻ると、開口一番、俺を出迎えてくれる声があった。
エプロン姿で右手にはお玉を持っている。夕食の準備中だったらしい。
「ただいま凛花」
彼女はコンロの火を止めて、とてとてと俺の元に駆け寄る。
小首を傾げて、俺の両手を塞いでいる箱へと視線を下ろした。
「なんですかそれ」
「あぁ……まぁなんつうか、押収品的な。盗品的な」
「はぁ……よく分かんないですけど、先輩が無事に帰ってきてくれてよかったです。一応確認ですけど、なにもなかったですよね?」
「凛花が心配するような事はなかったよ。録音はあるけど、聞く?」
「いえ大丈夫です。私は先輩のこと、信頼しているので」
グッと両の手を握って、快活な笑顔を見せてくれる。
彼女の笑顔につられて、俺の頬も自然と緩くなる。
「あとちょっとで夕飯出来ますから、先輩は手洗ってきてください」
「うん」
俺は靴を脱ぐと、洗面所へと向かった。
凛花の用意してくれた夕食を済ませ、一段落付いた頃。
俺は今日、幼馴染の家であったことを包み隠さずに話した。
凛花は黙って真剣に俺の話に、耳を傾けてくれた。
「……という感じかな。だからもう、これ以上俺に執着はしてこないと思う」
「そうですか。じゃあ一安心ですねっ」
「あとごめん。俺、凛花と付き合っておきながら、まだ未練があった。ものすごく、不誠実で……その」
「知ってましたよそのくらい。今更です今更」
俺の勇気ある告白に、けれど凛花は動じることなく応じる。
あまりに平然とケロリと言うものだから、俺は唖然としてしまう。
「え? し、知ってたの?」
「当たり前です。私がどれだけ先輩のコト見てると思っているんですか。先輩のコトくらい全部お見通しです」
「……俺ってそんなに分かりやすい?」
「分かりやすすぎるくらいです。全く、私という超絶可愛いカノジョがいるのに、先輩という人は」
やれやれと両手をあげて、困ったように嘆息される。
「で、でも俺が今一番好きなのは凛花だから……そこだけは誤解しないでほしい」
「ありがとうございます。逆にそうじゃなかったら、いよいよ闇落ちしてました。それに私は、先輩が月宮さんの事好きでもいいんです」
凛花はそっと俺の肩に頭を預けてくる。
「……いいの?」
「はい。いつか私のことだけ好きになってくれればいいだけですから。そもそも、先輩はそんな簡単に気持ちに折り合いを付けられる人じゃないですし」
俺の右手に左手を重ねて、凛花は更に密着度を上げてくる。
「先輩は……頑張ってますよ」
「……っ。な、なに急に……」
凛花が上目遣いで俺を見つめる。
優しく労わるような声色が、耳元で囁かれた。
「先輩は頑張ってます。いっぱい辛い思いして、それでも前向いてるんです。凄いんです」
「や、やめてよ、そんな」
「先輩は自分に厳しいからきっと、すぐ自分を責めちゃうけど……気にしなくていいんですよ。先輩は間違った事してません」
「どう、かな……。間違った事もしてるよ。今日だって──」
「してません。私が保証します」
俺は間違えてばかりだ。
選択を何度も間違えた。
もっと早く、上手に立ち回っていれば、ここまで大ごとにならなかった。過去に遡れば遡るだけ間違いしか見つからない。
なのに、凛花はそんな俺を肯定してくれる。
「私の胸に飛び込んできていいですよ」
「え?」
「……だから、こうです」
「ちょ、ちょっと!」
凛花は俺の肩を掴んで引き寄せると、一際目立つその胸元に俺の頭を持っていく。俺の頭を優しく撫でながら、抱擁してきた。
「お疲れ様です。今日まで大変でしたね」
「…………。うん」
「頑張ったんです。先輩は凄く頑張りました。でも先輩は自分を甘やかすのだけは苦手だから、今日は私が目一杯甘えさせてあげます」
……ずるいなぁ。
この子はホント、いつも俺がしてほしい事をしてくれる。
まぁ今日くらいは、甘えてもいいか。俺は凛花に身体を預けると、胸の内に秘めた想いを吐露する事にした。
今日だけは、恥も外聞もかなぐり捨てて、無遠慮に彼女に甘えよう。
「……好き、だったんだ」
「はい」
「本当に好きだったんだ。俺の大して面白くない話を真剣に聞いてくれて、笑ってくれて、いつも俺のそばにいて。家族くらい近い位置に居たんだ」
「はい」
「……そんな簡単に、断ち切れないよ。割り切れないよ。俺には無理だよ、そんなの。前みたいに、戻りたい。……戻りたいよ」
「はい」
「何も見なかった事にしたかった。全部、都合の良い嘘で騙して欲しかったんだ。それが一番……楽だから」
「はい」
「でも、頑張ったよ俺。頑張って、好きな子に酷い事したんだ」
「はい。頑張りましたね」
気づいた時には、目から熱いものが次から次へと流れていた。自分でもよく分からない。なんでこんな、涙が出てくるのか。
でもそういえば、キチンと泣いてなかったな。
それからも胸の内に押さえ込んでいた気持ちを、次から次へと打ち明けた。凛花は微笑を湛えて俺の言葉を聞いてくれた。
そして情けなく泣く俺の頭を、何度も何度も撫でてくれた。彼女の温もりに俺は完全に甘えきっていた。
「こんな俺でも……いいのかな。凛花の彼氏名乗っても」
「いいですよ。むしろここで別れるとか言ったら許しません」
「……凛花がいてくれて本当によかった」
「私も先輩がいてくれてよかったです」
子供みたいにとめどなく泣く俺を、凛花は優しく包み込んでくれる。
ひとしきり泣き終えると、凛花は俺の顔を上げさせて正面から俺の目を見据える。
「先輩は……俊哉くんはこれからどうしたいですか。私は先輩の選択尊重します。先輩がしたいコトを教えてください」
「…………。俺は、これから──」
俺は少し考える時間をもらうと、ハッキリと告げたのだった。
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