完膚なきまでに幼馴染ざまぁ⑤

 床に散らばった俺に関連する物を全部、箱の中にしまう。


 幼馴染は俺の意思が固いことをようやく理解したのか、強い抵抗はしてこなかった。念のため一通り見て、俺に関わる物がないことを確認してから、再びリビングに戻る。


 幼馴染は何を言うでもなく、俺の後をついてきた。


 リビングに俺と彼女の二人がいる。俺はダイニングテーブルの所に腰を下ろし、幼馴染はソファの上で体育座りをしている。


 重たい沈黙。

 衣擦れの音すら嫌う、そんな重たい沈黙がリビングを支配していた。


 後は、彼女の父親が帰ってくるのを待つだけだ。

 カレンダーの隣に置かれたシフト表を見る限り、そう遠くない時間に帰ってくるだろう。


 特に何をするでもなくジッと待っていると、幼馴染が小さく呟いた。


「これで……本当に終わりなの?」

「あぁ終わり。言っとくけど、次、嘘を吐いて凛花を貶める真似したら容赦しないから。学校内にお前の人間性を証拠付きでばらまく」

「そっか。……学校には言わないでくれるんだ」

「あくまで脅しの材料だ。こっちに武器がなくなったら、お前がどんな特攻してくるか分からないからな」


 幼馴染はチラリとこちらに視線を寄越す。


「そか……。でも坂木君に幻滅されただろうから、彼経由で話が広がるかも……」

「かもな」


 坂木は聞かれた事はすぐ答えるし、嘘を吐くのが苦手だ。何かの拍子に、幼馴染がどういう人間なのか話してしまう可能性はあるだろう。まぁ率先して言いふらすタイプではないが。


「もしそうなっても、トシ君は守ってくれないんだよね……」

「当たり前だろ」

「…………。あたしね、ホントは自分がどれだけ酷い事してるのか理解してたの」


 幼馴染は依然として体育座りの姿勢のまま、俯き加減に続ける。


「でも、誰かと関係を持つとね、少しだけ許された気がした。矛盾してるんだけど、罪の意識が段々と薄くなって……自分でもよく分かんなくなっちゃった。トシ君が知ったら幻滅される事くらい分かってた。なのに……どんどん後に引けなくなって、気が付けばこんな事になっちゃった」


 やめろ。 


「時が戻れたらいいのにね。本当は、トシ君に全部初めてあげたかった。いつからか心がバカになっちゃったや」


 やめろ。やめろ。


「あたし頭悪いから……勝手に勘違いしちゃうし。あたし寂しがり屋だから……誰かに縋らないと生きてけないんだ。もう、ホント……ヤになっちゃうね」


 やめろ。やめろ。やめろ。

 

 淡々と呟くように話す幼馴染。

 俺と会話というよりは、独り言に近かった。彼女は天井を仰ぎ見ると、呆れたように笑う。


「あたしが凛ちゃんに勝てる要素、一つもないよね。せっかく幼馴染のアドバンテージあったのに、無駄にしちゃった。……あのねトシ君あたし──」


 長々と一人で話す幼馴染。

 バンッとテーブルを両手で叩くと、俺は席を立った。


「もう、やめてくれよ」

「え?」

「聞きたくない、そんな話。俺は……お前とのつながりを全部断ち切るんだ。断ち切らなきゃダメなんだよ。もう黙っててくれないかな」

「……ごめんね。あたしまたトシ君を苦しめちゃってるんだね……」

「あぁ辛いよ。ずっと考えてるんだ。ちょっとしたボタンの掛け違いだったんじゃないかって。俺がもっと違った立ち回りができていたら、こんな事にならなかったんじゃないかって」


 俺が凛花に構う事なく、幼馴染だけを見ていれば変わった未来もあったんじゃないだろうか。


 幼馴染が家庭の問題に悩まされていた時、もっと献身的に彼女のフォローが出来ていたら何か変わったんじゃないだろうか。


 俺が疑う事を覚えていれば、幼馴染の過ちをもっと早く正せたんじゃないだろうか。


 沢山考えて……何度も後悔した。


 全く、嫌になる。本当に。


「トシ君はなんでも自分で考えすぎなんだよ。そして自分を責めすぎなの。人に甘くて自分に凄く厳しい。あたしはそんなトシ君に甘えるのが楽で、居心地がよかった。トシ君に依存してたの。ううん、今も依存してる。トシ君なら全部許してくれるって……思ってた。……だからね、こんな物作ってたりしてたんだ」


 幼馴染はソファを離れ、キッチンに向かう。

 電子レンジからある物を手に取ると、それを持ったまま向かいの席に腰を下ろした。


「なんだよ、それ」

「クッキー。坂木君に教えてもらいながら作ったんだ。あたしが凛ちゃんに勝ってるとこ何もないから、せめて追いつこうと思って。……でもこんな事考えてる時点で、何も反省出来てなかったよね」


 お皿の上にクッキーが並んでいる。不恰好だが、一応形にはなっている。料理が壊滅的に出来ない幼馴染にしては、上出来だった。坂木のフォローあってのモノだとは思うが。


「ああ。ちっとも反省してないよ。今更女子力磨いてどうすんだ」

「ホントね。今日で最後、なんだよね。よかったら食べてほしいな。あたし、バレンタインとかもいつも市販のモノあげてたでしょ。でも本当は手作りをあげたかったの」

「食わない。何が入ってるか分かんないし」

「ちゃ、ちゃんとした物しか入れてないよ! 全部食べられるものだから!」

「だとしてもだ。俺が食べる義理はないよ」

「……そっか。……トシ君には凛ちゃんがいるもんね。あたしの不恰好なクッキーなんか食べてもしょうがないか……」


 幼馴染は困ったように笑うと、クッキーを一枚頬張る。「あんまり美味しくないや」と自己評価を下していた。


 クッキーの入った皿をキッチンに戻して、幼馴染はソファの定位置へと戻る。再び体育座りをしていた。


 そうしてまたも訪れる沈黙の時間。

 けれど、そう長くは続かない。


 バタン、と玄関扉が閉まる音がした。

 幼馴染の父親が帰ってきたのだろう。


 全部、打ち明ける時がやってきたようだ。

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