完膚なきまでに幼馴染ざまぁ④

「僕、帰るね……」


 幼馴染の変容を目前にして、坂木は席を立った。

 包み隠さず言うのなら、俺の狙いが上手くいった形だ。


 坂木は幼馴染の人間性を誤認し、彼女の事を信じ切っていた。

 幼馴染がどういう人間なのか伝えて、幼馴染から距離を取らせること。これが坂木をこの場に連れてきた最たる理由だ。


 ここまで上手くいくとは思っていなかったが、これは良い誤算だった。


 坂木は呆れたような悲しいような、複雑な表情を浮かべたまま、荷物を持ってリビングを後にする。

 放心状態の幼馴染に、坂木を止めるだけの気力はない。


「巻き込んでごめん」

「ううん、僕の方こそ」


 俺が頭を下げると、坂木も同様に頭を下げる。


 坂木はこの話に関係がない。俺たちのいざこざに巻き込まれた形だ。

 もっと穏便に、俺が正しく立ち回れていたら、坂木を巻き込むことはなかっただろう。罪悪感を感じつつ、けれど今は隅に置いておく。


 坂木がリビングから消えて、俺と幼馴染の二人きりになる。

 幼馴染は床に視線を落として、ぺたんと座り込んだまま、蚊の鳴くような声で呟いた。


「……あは……あたし、やることなすこと全部、裏目に出ちゃってる……」


 それは違う。裏目に出る事しか、彼女はしていない。

 全部、やることがズレているんだ。


 俺はため息にも似た吐息を漏らすと、リビングの扉の方へと向かう。


「……どこ、行くの?」


 リビングを出る直後、幼馴染が振り返ってくる。


 答える義理はないが……一応伝えておくか。


「お前の部屋。言っただろ。俺に関連する物全部処分するって」

「……っ。や、やめてよ! そんなこと! 第一、人の部屋勝手に入るなんて」

「自分のこと棚に上げてよく言うな。人の家の合鍵盗んで不法侵入しておいて、文句言える立場にいると思ってるの?」

「…………。で、でも捨てるのはやめて! 本当に大切なものなの!」


 ボロボロ涙を落としながら、彼女は懇願してくる。

 だが俺はやめる気はない。


 幼馴染から視線を外すと、早速、彼女の部屋へと向かう。

 ひとまず、言いたい事は言い終えた。ここからは行動を起こしていくターンだ。


 階段を上っていくと、背後から幼馴染が追従してくる。


「ま、待ってってば! お願い、お願いだから!」


 俺を引き止めようと必死になっている。

 けれど、俺は聞く耳を持たない。階段を上ってすぐにある部屋。幼馴染の部屋だ。


 ドアノブを引いて中に入る。

 一般的な女の子の部屋言えばいいのか。ベッドにクローゼット、勉強机に本棚があったりする。


 周囲を見回して、俺関連の物を探す。

 すぐに見つかった。『トシ君』と大きな文字で書かれた箱が置いてあったからだ。


「ここに集まってるみたいだな。探す手間がなくなってよかった」

「……や、やだ。それ、本当に大切な物なの」


 俺の服の袖を引っ張られる。

 赤く腫れたまぶた。腰まで長い黒髪が、俺の手の甲を掠る。


「知るかよ。俺にとっては迷惑な代物だ」

「あ、あのね……あたし、トシ君関連のものその箱に入れる事で、気持ち切り替えようと思ったの。見える場所にあると、すぐ縋っちゃうから……」

「それなら捨てた方がいいだろ。そもそも、箱がこんな見える位置にある時点でどうかと思うけど」

「そう、なんだけどね。で、でも近くにあるだけで落ち着くというか……と、とにかくコレはあたしにとってないとダメなの! お願い、捨てないで!」

「意味が分からないな。とにかく俺が処分する。文句は言わせない」


 俺が冷たくあしらうと、更に涙を溜め込む幼馴染。


 彼女は俯き加減に続けた。


「思い出も捨てられたら、あたし……トシ君と、ホントに繋がりなくなっちゃう」

「それが目的だからな。今日で終わりだ」

「やだ……やだよそんなの! 考え直してよ! あたし、トシ君の言うこと全部聞くから! だからトシ君の傍にいたいの! トシ君がいないと何にも出来ないよっ。トシ君の後ろを歩くのがあたしなの。トシ君が居なくなったら、どこ歩けばいいか分かんない!」

「いい加減にしろよ。しつこいんだよ!」


 俺にしがみついてくる幼馴染を振り払う。咄嗟のことで、持っていた箱が床を叩く。中身が飛散した。


 箱から出てきたのは、俺を映した大量の写真。それから、俺が小学生の時にあげたゴミと大差ない代物。そして誕生日にあげたプレゼントなどが入っていた。


 幼馴染はその場に座り込むと、床に落ちた写真を一枚拾い上げる。


「……あ、見てトシ君。これ中学の修学旅行のやつ。トシ君とあたしがツーショットで映ってるやつだから、買ったんだよ。なくしても大丈夫なように二枚も」


 プロのカメラマンが撮った写真。俺と幼馴染が笑顔でピースしている。修学旅行ではあるが、どこでも撮れるような写真だ。


「こっちは、……あたしが撮ったヤツだね。この前の体育祭の時にスマホで撮ったやつ。ちゃんとプリントアウトしてるんだよ。データなくしても大丈夫なように」


 俺が走っている写真を撮っていたようだ。コレは知らなかった。


「これはね……」

「どうでもいい。勝手に思い出に浸るな」


 次から次へと写真を持ち上げて、過去の出来事を思い出そうとする。

 俺は彼女から写真を奪い取ると、躊躇なく破った。


「…………」


 幼馴染は何も言わないまま、つーっと涙を流す。

 ボロボロ泣いていたさっきとは違う。線を描くように、涙が頬を伝っている。


 そうして僅かな沈黙が下りると、彼女は正座をして深く俺に頭を下げてきた。


「あたしが全部、間違ってました。ごめんなさい。ごめんなさい。もう、トシ君に執着しない。だから、これだけは捨てないで、ください。本当に、大切なの……」


 その様子に、俺の良心が呵責を起こす。

 でも、俺は決意した。もう、中途半端な真似はしない。



「信じられるかよ。結局少し時間が経てば、また気が変わる。そもそも俺との思い出に縋っている時点で、執着しているのと同義だ。俺に関わる物が、お前の傍にはない方がいい」



 決意、したんだ。


 今日限りで、幼馴染と決別するって。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る