元親友と喧嘩?
「オレと、少し喧嘩をしないか?」
「は?」
ポカンと小さく口を開けて、呆気に取られる俺。
そんな俺をよそに、元親友は「リビングで話そう」と扉を全開にする。
ダイニングテーブルに移動すると、彼は澄ました顔のまま腰を下ろした。
正面に俺が座り、俺の隣に凛花が座る。相手にせず一目散に帰るべきだったかもしれないが、突然のことで元親友のペースに吞まれていた。
「昨日、凛花宛てに送ったメッセージだが、あれはオレが母さんのスマホを使って送ったものだ。母さんは今日、実家に戻っている。父さんは例によって休日出勤だ」
淡々と種明かしを始める元親友。
何も小難しい手法は使っていない至って単純な方法。そして、この場には俺たち以外に居ないことを教えられた。
「母さんは機械音痴だからな。オレが成り代わってメッセージを送ったことになど一切気が付いていない」
「そんなことはどうだっていい。凛花を呼び出して何する気だったんだよ」
「さぁな。もっとも、オレはトシヤもこの場にくると読んでいた。凛花の思考を一番理解しているのはオレだ」
「……相変わらず、気持ち悪いな」
早速、シスコンを披露される。
俺が辟易とする中、凛花がそっと俺の手を握ってくる。彼女の手は微かに震えていた。
「さて……今のオレとお前は同等の立場にいるとは思わないか?」
「全く思わない」
「お互い、好きな人を奪われた……いや、月宮さんの場合は、あれでトシヤを好きだから、奪われたのはオレだけだが……まぁ奪われたものだろう?」
「だとしても、同じ括りにされるのは気に食わない」
「随分と嫌われたものだな……まぁ、当然か」
元親友は呆れたように笑うと、額をポリポリと指で掻く。
「さっきも言ったが、今日呼び出したのは喧嘩が目的だ」
「…………」
「このような周りくどい手法を取ったのは、こうでもしないと接触を図れないと思ったから。トシヤの家に行ったところで、門前払いを喰らうのは目に見えていたしな。警察を呼ばれたら敵わない。どうにも全員、オレのことを誤解しているようだからな」
「誤解? ……なんのことだよ?」
「ふっ。まぁそれは喧嘩しながら話そうじゃないか」
元親友は腰を上げると、テレビのある方向へと移動する。
無造作に放置されていた将棋盤と駒の入った箱を手に取ると、それをダイニングテーブルに置いた。
「将棋……ですよねアレ」
凛花が小声で俺に耳打ちする。
それにいち早く反応したのは、元親友だった。
「あぁ。戦略もぶつかり合いも一種の喧嘩だろう」
「……帰ろう凛花」
何食わぬ顔で、将棋を始めようとする元親友。
俺は腰を上げて凛花の手を取る。彼の訳の分からない提案を吞み、時間を費やす必要はない。
「逃げるのか?」
「は?」
「トシヤはいつもオレに負けていたからな。勝てないと踏んで逃げるのかと」
「違う。時間の無駄だと思っただけだ」
「そう淋しいことを言わないでくれ。それにコレは、トシヤにとっても悪いことじゃない」
元親友は眼鏡越しに鋭い視線を、俺にぶつける。
彼は眼鏡の位置を中指で調整すると、
「トシヤが俺に勝ったときは、一つ言うコトを聞こう。二度と凛花に話しかけるなと言えば、話しかけないし。トシヤの前に現われるなと言うなら、最善を尽くそう。同じクラスである以上、物理的に無理な部分はあるが……トシヤの要求を全面的に吞むことを約束する」
「俺が負けたら?」
「その時は、オレの要求を聞いてもらう」
「やる価値がないな」
「勘違いするな。要求を聞くだけだ。叶える必要はない。どうだ? トシヤにメリットのある勝負だと思わないか?」
俺が勝った場合、元親友になにか要求できる。それを元親友は叶えられるよう、全力を尽くすと約束してくれている。
対して元親友が勝った場合、俺に要求を聞かせるだけ。それを叶える必要はない。破格の条件だ。
俺は椅子に座り直すと、元親友と対面する。
「凛花に近づくなって言ったら、ちゃんと叶えられるのか?」
「ああ。最善を尽くす。多少親の手を借りることになるだろうが、一人暮らしくらいどうにかなるはずだ」
「わかった。じゃあ……やるよ」
「そうか。そう言ってもらえてよかった」
元親友は「フッ」と小さく笑うと、将棋盤の上に駒を並べ始める。
凛花は少し心配そうな面持ちで、俺たちの様子を見守っていた。
お互いにハンデはなし。駒を並べ終えると、俺から切り出した。
「先手は?」
「トシヤからで構わない。それとも後がよかったか?」
彼から問いかけには答えず、俺は飛車の前にある歩の駒を進める。
元親友も、同様の動きを見せてきた。
駒が将棋盤を叩く音が流れる中、元親友は微かに笑う。
「さっき途中で中断した話だが……どうにも全員、オレのことを誤解しているようだ」
「心当たりがない」
「確かにオレは、シスコン。それも少し度が過ぎたタイプのシスコンだ。それは否定しない。だが、オレが凛花に直接危害を加えると思われているのは心外だ。オレはそこまで堕ちちゃいないし、堕ちる予定もない」
「信用ならないな。お前は危険人物だ」
「そう言うな。例えるならオレはアイドルに盲信するファンのようなもの。だから、オレが凛花とどうこうなれるだなんて初めから露とも思っていない」
「本当にそうか?」
将棋盤の上で駒が交互に動く。
一進一退。今のところ、大きな動きはない。
「ああ。アイドルと本気で付き合えると思って応援するファンはいないだろう?」
「どうかな。中にはそういう人間もいると思うけど。ガチ恋って言葉もあるし」
「だとしても、心のどこかでは分かっているものだ。無理なものは無理。妄想するのが限界だ」
「…………」
「でもなトシヤ。理性と感情は複雑だ。凛花がトシヤのことを好きだと気付いた時、オレは初めて憎悪を抱いてしまった。そして、その気持ちに気がつかないトシヤに何よりムカついていた」
各々の戦略をぶつけ合いながら、元親友は自分の話を続ける。
おそらくは、こうして俺と向かい合って話す場を設けたかったのだろう。だから、俺に有利な条件まで出して将棋という回りくどい手段を使ってきた。
わずかに下唇を噛む元親友。
俺の隣に座っている凛花が、遠慮がちに口を開く。
「それは……私が隠してたから。先輩が気がつかなかったのは当たり前で……」
「そうだろうか。オレも、そして月宮さんも気がついていた。家族のオレはともかく、月宮さんが気がついていた以上、凛花は自分の気持ちに蓋をしきれてはいなかった。そう解釈されても仕方がない」
「……っ。それは……」
凛花が押し黙る。
元親友は、再び俺へと視線を戻した。
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