二週間後
あれから幼馴染が俺のもとにやってくることはなくなった。
同じ学校に通っているし、クラスは違えど学年は同じだからすれ違う事はあるにはある。
だがそれでも、以前のように声を掛けてくる事はなくなった。
最初に別れを告げたファミレスから随分としつこく執着してきたものだ。
ファミレスの後に、駅で遭遇して突き放して、今度は俺の家の前で何時間も待機されて、その次は実家の和菓子屋に行く道中でひと悶着あって、そして最後は俺の家に不法侵入。こうして一連の出来事を羅列すると、彼女の執念深さが窺える。
といっても、あまり日数は経っていなかったりするわけだけど。三日くらい?
何はともあれ、ひとまずは幼馴染が俺の元から離れてくれた。
そう解釈しても差し支えはないだろう。
ちなみに、幼馴染との一件があってから、すでに二週間が経っている。
月は跨ぎ、現在十二月。この二週間は、特にこれといって何か起きてはいない。
誤解のないよう断わっておくが、決して何か起こってほしいわけじゃない。
だがあまりに平和すぎるのだ。元親友はあれから何もしてきていない。俺の元にやってくる気配はないし、凛花に手出しする様子もない。
嵐の前の静けさ、そんな気がして仕方がない。まぁ、気のせいだと思うが。
それはそうと、凛花との同居は今もまだ続いている。
「ど、どうしましょう先輩っ」
「ん?」
数学の宿題をこなしていると、焦った様子の凛花が俺の隣に腰を下ろした。
「さっきお母さんから家に帰るようメッセージが来て……断ったんですけど、どうにもお父さんが私の泊まり先を疑っているみたいで」
「……そっか」
二週間も娘が家に居ない。それは父親にとって辛いものではないだろうか。
むしろ、よく二週間も続けられたと思う。
「そっかって、先輩はいいんですか。私がいなくなっても」
「今生の別れって訳でもないし。それに、美香さんが帰るように言うってことは、アイツとは話がついたってことだからな」
元親友は、凛花に恋愛感情がある。
義兄妹とはいえ、家族は家族。凛花にしてみれば、兄から恋愛感情を向けられるなど、気が気ではいられない。
ただ、家に帰るよう指示が来たという事は、家に戻っても大丈夫だと判断が下されたという訳だ。
「そう、かもですけど……私、先輩との同棲やめたくないです」
「……っ。ど、同棲って大袈裟じゃないかな……」
「付き合ってる男女が一つ屋根の下、二人で生活しているんです。これを同棲と言わないなら、なんていうんですか」
「……すいません同棲だと思います」
改めて俯瞰すると、我ながら大胆なことをしている。
高校生の分際でありながら、カノジョと同棲。そのカノジョとの交際歴は一か月にも満たない。
もし凛花の父親にバレたらどうなることやら。想像すらしたくない。
「とにかくですね先輩。私は先輩との暮らしをやめたくありません」
「お、おう」
「そこで先輩にお願いがあるんです」
「お願い?」
「直談判してくれませんか。私のお父さんに」
「……は?」
「ですから。私のお父さんに、同棲を認めてもらうんです」
平穏な日々は、カノジョのおかしな発言を皮切りに幕を閉じた。
★
そして早くも時は流れ。十二月初旬の土曜日。
俺は凛花の家の前にいた。
「さっ、行きましょう先輩」
「ま、待って……気が早いって……!」
凛花が俺の腕を掴んで引っ張ってくる。
俺は反対側に荷重をかけて踏ん張ると、矢継ぎ早に声を荒げた。
「お父さんを説得しにいくんです。早いに越したことはありません」
「いや説得以前に俺、生きて帰れるの? 事情があったとはいえ、普通に殺される案件じゃないかなっ」
高校生の娘が彼氏と同棲していたなんて話。父親が聞いたら卒倒ものだ。
俺への嫉妬の炎をメラメラと燃やし、そのままお陀仏ルートも否定はできない。
「先輩は私と一緒に暮らせなくてもいいんですか」
「いいか悪いかで言ったらアレだけど……実際、褒められた事はしてないからな……」
「むぅ。ここまで来て引き返すとかあり得ないですから。ほら、行きましょう」
「お、おー……」
凛花に連れられるがまま、家の中に入る。
玄関扉を開けるが、見たところ誰もいない。リビングから美香さんが出てくる気配もなかった。
凛花は多少不審なものを感じつつも、足取りを止めはしない。
リビングに到着して、彼女は扉に手をかけ──ようとした時だった。
扉がひとりでに開く。
そこから現れたのは、俺よりの五センチほど高い背丈。
眼鏡越しにもわかるほど、眉目秀麗な男だった。
「待っていた、凛花」
彼──中条真太郎は凛花を視認するなり、口の端をゆるめる。
凛花の半歩後ろにいる俺を見て、眼鏡のブリッジを中指で押す。
「……トシヤも、なんだか久しぶりな気がするな。父親への挨拶に来たところすまないが、その予定はキャンセルにしてもらっていいか」
「どういうことだよ」
「オレと、少し喧嘩をしないか?」
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