私が先輩を好きな理由ー中編

「君が、凛花ちゃん?」


 パッとしない外見。すらりとして、比較的整った顔をしているけど、三日も経てば忘れるような顔をした男の人が私の前に現われた。

 兄と同じ制服を着ているから、中学生だと見抜くことに時間は要らなかった。


「……誰、ですか」

苗木俊哉なえきとしや。真太郎……えっと、凛花ちゃんのお兄ちゃんの友達って言えばいいかな」


 ベンチに座り込む私と、視線を合わせる一つ年上の先輩。

 知らない人に声を掛けられるのは苦手だけど、不思議と怖くなかった。なぜか、話しやすい雰囲気があった。


「私になにか用ですか? 兄ならここに居ませんが」


 ちなみに、私が「兄」とよそよそしく呼ぶのには理由がある。

 兄と血のつながりがないと判明してから、私は気付いたのだ。兄が私を見る目が家族に対するそれと違うことに。


 何かと勘が鋭い兄は、もっと昔に何らかの形で私と兄の間に血縁関係がないことを知っていたのかもしれない。


 何はともあれ、私は、兄から距離を取ることにした。

 私の思い過ごしにしろ、違うにしろ。彼と親しくする事に、危ういモノを感じた。だから、他人行儀な呼び方をしている。


「えっと、真太郎が気にしてたよ。凛花ちゃんがいつも一人でいること。”オレとは口聞いてくれないから、どうしたらいいか分からない”って言っててさ」

「そうですか。別に気にしなくて平気ですと言っておいてください」

「お、おう……でも、何か困りごとなら相談乗るよ」

「ありがた迷惑です」

「うっ。そっか」

「はい……って、ちょ、なんで隣に座るんですか!」


 先輩はショックを受けた様子を見せながらも、私の隣に座る。


「実は俺、好きな人がいてさ……その子に告白しようか迷ってるんだ」

「は、はぁ? ついさっき相談乗るとか言っておいて、私に相談する気ですか」

「だめ?」

「……ちょ、調子狂いますね。ちゃんと対価は払えるんですか」

「あ、じゃあ明日、和菓子持ってくるよ」

「和菓子?」

「そう、俺の親。和菓子屋やっててさ……だから、まぁそんなものしかお礼できないけど、いいかな」

「…………。甘い物に釣られるみたいで癪ですが、まぁいいでしょう。先輩、相談できる人少なそうですし、特に女子とはほとんど話したことなさそう」

「偏見ひどくない? 俺、そんな風に見えるの?」


 グサッと何かが刺さったみたいに落ち込む先輩。

 初対面だと言うのに、私は先輩と話している事で気が紛れていた。


 多分、タイミングがちょうど良かったのだと思う。

 一人で過ごす時間に飽き飽きしていた。かといって家族とはあまり顔を合わせたくない。同級生でもない先輩の存在はちょうど、私の胸の中に空いた隙間を埋めてくれた。





 先輩と初めて接点を持ってから、二ヵ月が経った。


 先輩は、実家の和菓子屋のお手伝いであったりと、毎日私の元に来てくれるわけじゃなかった。けど、それでも可能な限り私の元に来てくれた。

 来てくれた……いや、そういう割には先輩からの相談に私が乗る形だったけど。


 相談の内容はもっぱら恋愛関連。

 先輩が好きな人とどうやったら恋仲になれるのか相談された。進捗報告といったほうがいいかもしれないけど。


「まだ告白しないんですか?」

「して振られたら関係崩れちゃうからな……あっちから告白してくれればいいんだけど」

「相変わらずヘタレですね。なよなよしてて、もやしみたいです。まぁそんな先輩から告白されても、迷惑でしょうが」

「ひどいな……俺、そんなメンタル強い方じゃないからな。毒も抑えめにして」

「十分、抑えめです。先輩の欠点を上げたら365コは軽く出てきます」

「一年分!」


 私の身の周りの環境に変化はなく、依然として友達の一人も出来ていない。

 そんな私に構ってくれる先輩の存在はありがたくて、つい意地悪をしてしまう。


 こんな気の引き方間違っているって分かっているのだけど……会話を終わらせたくなくて、不器用な手段を取っていた。



 そんな日々が続き……ある日のことだった。


「先輩。私の相談乗ってくれませんか」

「え? あ、うん。もちろん」


 私は初めて、先輩に自分の置かれた状況を相談することにした。


 それは先輩に対して自分が心を開いてしまっていた証拠でもあって、なぜだか悔しくもあったけれど……不思議と抵抗はなかった。


 私自身、このまま逃げていいことじゃない。

 かといってどうすることが正解か分からない。だから、私は先輩の意見を頂戴することにした。



「──というわけで、私と母は血が繋がってなかったわけです。それでショックで、正直どう接したらいいのか分からなくなっちゃって」


 長々と、身の上話をした。何ひとつ隠さず、赤裸々に。

 もしかしたら事前に兄から事情は聞いていたかもしれない。


 けど先輩は黙って最後まで聞き届けてくれた。


「お母さんはまだ入院してるんだよね?」

「ええ。治るのに結構時間掛かるっぽくて」

「じゃあ、今から会いに行こっか」

「は? ちょ、先輩? それは流石に展開が早すぎませんか!?」


 先輩はふわりと微笑むと、ベンチから腰を上げる。


「怖がりなんだな凛花ちゃんって」

「……は? な、なんですかそれ。馬鹿にしてるんですか」

「血の繋がりくらいで、親子云々は決まらないって」

「で、でも……それは……」

「ウダウダ言ってないで行こう」


 先輩は私の手を握ると、早速歩を進める。

 少し大きめのゴツゴツした手の感触。


 それが新鮮で、なにより私の手を引いてくれる後ろ姿が頼もしくて、気が付けば先輩の手を握り返していた。


 本当はママに会うキッカケが欲しかった。ただそれだけ。


 けど、変に怖じ気づいて殻にこもっていた。だから、先輩のこの強引さに、私は救われていた。

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