私が先輩を好きな理由ー後編

 結論から言えば、私が抱いていた不安は杞憂でしかなかった。


 私の抱いていた不安……血の繋がりがないから、ママは私のことを娘だとは思ってないんじゃないか。仕方なく、親らしくしていただけなんじゃないか。


 そんな、今にして思えば実にくだらない不安を抱いていた。


 けど、ママが私をどれだけ大事にしてくれているのかは、考えるまでもないコト。

 そもそも交通事故に遭ったのだって、私を庇ったのが最たる原因だ。まぁ一番悪いのは信号無視した車だけども。


 とにもかくにも、胸の内を赤裸々に明かして、ママとはちゃんと元に戻れた。

 家族に血のつながりなんて関係ない。それをようやく理解できた。


 ちなみに先輩はといえば、ママの病室の前まで一緒について行ってくれたものの、病室の中まではついて行ってくれなかった。


 それが先輩なりの配慮なのは分かったけれど、私としては一緒に来て欲しかった。やっぱり不安ではあったし……。


 だから、ママとひとしきり話して病室を出た後。

 外のベンチに座っている先輩に、私は実に可愛げもなく文句を言っていた。


「あ、探しましたよ先輩。病人より病人っぽい顔してるから、患者さんかと思ったじゃないですか」

「え、そんな顔してたか……? てか、大丈夫だっただろ?」

「……まぁ、はい。私を見るなり、ママ……お母さん泣いてました。馬鹿ですね私。血の繋がりなんかで勝手に判断して」

「そうだな」

「む、そこはちょっとフォローしてほしいんですけど……」

「まぁこれから埋め合わせしてけばいいんじゃないの? ちゃんとお見舞い行くとかさ」

「はい、そうですね」


 一つ年齢が上なだけなのに、先輩はすごく大人に見えた。

 コレが小学生と中学生の差なのか。なんなのか。


「あ、お見舞い品ならウチの和菓子がオススメだから。友達の妹割引で、いくらか負けとくよ」


 先輩はベンチから腰を上げると、微笑を湛えた。


 友達の妹、そう何気なく発せられた一言が、脳のセンサーに引っかかる。


 そう、先輩は兄の友達で。あくまで、兄から話を聞いて私の元にやってきてくれた。

 先輩にしてみれば、私は友達の妹でしかない。そこに異論はないし、私自身そう思っていたはずだ。


 なのにどうしてだろう……。それが嫌で仕方なかった。


「どうかした?」

「……いえ。別に、なんでもないです」


 なんでもない、そう言い聞かせるのは少しだけ楽だった。




 長いこと私を悩ませていたことは、実に単純にあっけなく解決した。

 少し話すだけでよかったのに、勝手に思い込んで塞ぎ込んでしまった。


 今後は二度と同じ事は起こさないようにしよう。


 何はともあれ、悩みの種はなくなった。

 にも関わらず、私は相も変わらず殺風景な公園のベンチに居た。隣には、先輩がいる。


「要するにですね先輩。私、友達がいないんです。だから、私は、先輩は好きな人との恋愛相談。先輩は、私は友達作りの相談に乗ってください。なので今後も、時間があるときはここに来てくれませんか」

「それはいいけど……お見舞いはいいの?」

「先輩との相談の後に行きますから平気です」

「まぁ、凛花ちゃんがいいならいいけどさ」


 ママとの問題が解決した以上、先輩はこれ以上深く私に関わってこない気がした。

 だから私は、先輩をつなぎ止める手段がほしかった。先輩との繋がりをどうにか持っておきたかった。


 そうして少し強引にお互いを相談相手として、放課後は公園のベンチに集まるようになった。



 そんな日々が続き……ある日のこと。

 休日、先輩の実家の和菓子屋さんに行こうかと足を運んでいた時のことだった。


 私は見かけてしまった。

 先輩が、知らない女の人と歩く姿を。


 長く伸びた黒い髪。遠目からでも分かるほど、容姿端麗でスタイルがいい。

 そして、私の知らない表情をする先輩。……私は無性に苦しくなるのを感じた。


 そういえばこの前言っていた。今度の休み、一緒に出掛けるかもしれないと。


 先輩に好きな人が居ること。

 それは初対面の時から知っていた。

 分かっていたコト。なのに、なのにどうしてか胸が苦しい。


 嫌だ……見たくない。知りたくない。どうしよう。


 私の中に知らない感情が芽生えた。それが何なのか、考えるまでもなかった。


 気がつかないようにしていたのに、もう……自分で自分を隠し通せない。


 このとき私は初めて、先輩のことを好きになっていることを自覚した。




 先輩が好きな人と二人で歩く場面を目撃した翌日。


 私は少しだけ行動を起こした。


「先輩って……カノジョができれば誰でもいいってタイプだったりしますか」

「は? いや、そんなことないよ」

「じゃあ、例えばそこそこ可愛い女の子に告白されたら付き合います?」

「付き合わないと思う」

「その人とはそこそこ接点があって、断ったら今後の関係が崩れるとしてもですか?」

「うん。それで付き合ってこそ、相手に失礼だし」

「先輩らしいですね。その凝り固まったモテない男丸出しの恋愛観」

「……相変わらず、隙あらば悪態ついてくるな……」


 困ったように笑う先輩。

 でも今回はこうでもして強がらないと、平静を保てそうになかった。


 もし仮に、私が今、告白したところで成功の見込みはない。

 この気持ちは先輩にとって迷惑でしかなく、私と先輩の繋がりを断つものだ。


 だから私は、この気持ちに蓋をすることにした。

 蓋をしているウチは、少なくとも私と先輩のつながりは消えない。


 友達の妹として、私は先輩と関わることが出来る。





「──とまぁ、大体こんな感じですかね。納得してもらえました?」


 昔の話を終えると、凛花はふわりと微笑んだ。

 吐息が掛かるくらい至近距離。耳を澄ませば、鼓動が聞こえそうなくらい近い。


「俺を好きな理由、ちょっと弱くないか? ……結局俺、ちょこっと相談に乗っただけだし。大したことしてないというか」

「そんなことないです。それにタイミングってあると思うんです。先輩は私をオトす絶好のタイミングに、一番正解の行動をしていたっていう。おかげさまで、先輩のこと諦める気でいてもどんどん好きになっちゃうし、先輩の知らないこと知る度に喜ぶ身体になっちゃったんですから」

「そ、それは大変だな」

「はい大変です。だから、責任取ってくださいね♡」


 小悪魔的な笑みを浮かべて、身の毛のよだつ事を言われる。

 凛花は更に俺との距離を詰めると、胸元に顔を埋めた。甘ったるい香りが鼻腔をついて離れない。


「そういえば先輩はどうして私の元に来てくれたんですか? 先輩の行動原理がよく分からないというか。……兄に多少相談されたにしては、やり過ぎな気がします」

「……それは、多分……自己満足だと思う」

「自己満足ですか?」

「うん。俺も母さんと血が繋がってなくてさ」

「え、初耳なんですけど」

「隠してたつもりはないんだけど、ごめんね」

「いえ」


 俺は凛花の目を見つめる。


「ただ凛花と違うのは、結構小さい頃からその事を知っててさ……けど、母さんは俺のこと死ぬほど溺愛してくれてて──それこそ血の繋がった親父以上に俺のこと大事にしてくれてるんじゃないかってくらい。だからさ、なんか真太──アイツから凛花のこと聞いた時、放っておけなくなったんだと思う。血の繋がりなんか気にしなくていいのにって。……だから、うん。ただの自己満足だよ」

「じゃあ私は先輩の自己満足に巻き込まれて、あまつさえ初恋を奪われたわけですね」

「うっ……そう言われると俺、悪いヤツみたいだな……」

「本当ですよ。まったく」


 そうしてしばらく沈黙の時間を過ごす。

 少し気まずく、甘ったるい空間。そっと背中に手を回そうかうだうだやっていると、凛花が上目遣いで俺を捉えた。


「それで先輩。……まだ何もしてくれないんですか?」


「……っ」


 ぼそりと、独り言を呟くように小さな声。

 だがこれを聞き逃せるほど、俺は難聴じゃない。


 加速度的に顔が熱くなっていく。今日はさすがに眠れそうになかった。

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