私が先輩を好きな理由ー前編

 夕食を終えて、風呂なども終えた。

 凛花の入った後のお風呂に入ることに、少なからず背徳感のようなモノはあったが……今のところ、大きな問題は起きていない。


 理性には自信があるが、改めて自分自身を戒める必要があると思う。

 少しでもタガが外れたら、取り返しのつかない事になりかねない。


 そして現在、そろそろ就寝時間に迫ろうかという時間帯。


「そろそろ寝るか」

「で、ですね」


 妙な緊張感があるが、なにかするわけじゃない。

 ここは平静に冷静に対処すればいいだけの話だ。


 俺が電気を消そうとすると、凛花がパジャマの袖を弱々しく引っ張ってきた。


「どうかした?」

「私、先輩のベッドで寝ていいですか?」

「うん。じゃあ俺が布団で寝るよ」

「な、なんでそうなるんですかッ」


 凛花は頬に朱を注ぐと、矢継ぎ早に叱咤する。


「なんでって……え、一緒にってこと?」

「そうですよ。もう少し察しが良くなった方がいいと思います、先輩は!」

「だ、ダメだってそれは……さすがに理性保てなくなる……」

「……いいですよ。私は」


 枕をぎゅっと抱きしめながら、上目遣いを向ける凛花。俺の身体にビビっと電流が走る。

 ま、まじすか……。


「でもまだ付き合ったばっかだし……そういうのは流石に……」

「む。据え膳食わぬは男の恥ですよ!」

「そ、そうは言っても準備とか……何もしてないっていうか……」

「大丈夫です。私、ちゃんと買っておきましたから」


 凛花の視線がコンビニの袋へと向かう。

 何かと察しの悪い俺も、さすがに理解した。


「だ、だとしてもマズいって……!」


 俺は赤々と頬を染めて、慌てふためく。

 凛花は頬を染めたまま、ジト目を向けてきた。


「肝心なところで宿敵を殺せず、みすみす逃がしてヘイトを買う主人公ですか先輩は」

「嫌な例えだな!」

「それとも先輩は、私じゃ嫌ですか……?」

「……っ。そんなことは、ないけど……」


 この子、ズルくないか。完全に俺の逃げ道を塞いでいる。

 この展開は想定外だった。いいのかな……。でも……。


「それに、あの布団は昨日月宮さんが使ったヤツですよね」

「ああ、うん」

「だったら私は使いたくないですし、先輩があの布団で寝るのも嫌です。だから、一緒に寝ませんか?」

「…………はい」


 凛花に促されるがまま、同じベッドで寝ることが決定した。

 少し大きめのベッドだからな。細身の凛花と俺の二人なら、十分に寝れる余裕がある。


 電気を消して、ベッドに横になる俺と凛花。

 互いに天井に顔を向けている。


 しばらく無言の時間を過ごす。


 凛花は突然、身体を左側に向けると、俺に視線をぶつけてきた。


「あはは……なんだか変な感じですね」

「そりゃな……」

「先輩は月宮さんとこうして一緒に寝たことあるんですか? あ、深い意味ではなく」

「幼稚園の頃ならあるよ。ほとんど記憶にも残ってないけど」

「そうなんですね」

「てか、それ聞く意味ある?」

「元カノのことは嫌でも気になるもんなんですよ。聞きたくないけど、気になる。複雑な心境なんです」


 もし凛花に元彼がいたら俺も同じ気持ちかも知れない。

 知りたくないが、興味がある。そんなジレンマを蓄えていた気がする。


「そういやさ」

「なんですか?」

「凛花って、なんで俺のこと好きなの?」

「へ?」


 間の抜けた声。俺は凛花の目を見つめながら、


「今日、えっと凛花の友達の……」

「あーちゃんですか?」

「そう、あの子に聞かれただろ。どうやって凛花の事オトしたのかって。その時、俺何も答えられなかった。まだちゃんと理由聞いてなかったなって思ってさ」


 大事な部分を、聞かずにスルーしていた。

 凛花がどうして俺を好きで居てくれているのか、当然興味はある。


「そうですね……じゃあ教えてあげます。どうして私が先輩のこと、好きなのか」


 凛花はくすりと微笑むと、俺に身を寄せてきた。

 同じシャンプーを使ったはずなのに、知らない甘い香りが鼻腔をつく。


 凛花は何から話そうかと逡巡すると、ゆっくりと昔の話を始めた。





 母親と、血が繋がっていない事を知ったのは、小学五年生の三月のコトだった。私の血液型はA型。対して母親はO型で、父親もO型。

 少し知識があれば、すぐに判明するコトだ。


 もっと早くに気が付けそうなモノだけど、これまで血が繋がっていないコトをを知らなかったのは、母親がA型だと教えられていたからだ。

 しかし、ある日。家族で外食に行った時に交通事故にあって、母親は救急車に運ばれた。


 その時、母親の血液型を聞かれた際、父親が言ったのだ。「O型」と。

 そこで、私は母親と血が繋がっていないコトを知った。


 子供ながらに、その事実はショックだった。

 母親の入院先の病院に足を運べなくなるくらい。


 そして、ほとんど時を同じくして私は学校を転校するコトになった。

 交通事故は関係ない。元々決まっていたことだ。


 精神状態が不安定になった私に、新しい学校で友達を作れるはずもなく。

 かといって、家に帰る気も起きず、滑り台しかない殺風景な公園のベンチで、いつも一人で座っていた。


 そんなときに、私の前に現われたのが


「君が、凛花ちゃん?」


 ──先輩だった。

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