亀裂と拒絶と、哀れな元親友
「これはどう説明するんだ? 真太郎」
元親友の表情が濁る。
頬を引きつらせ、目を見開く。小さく開いた口は塞がる気配がなかった。
これは完全に想定外だったのだろう。
「……こ、これは」
俺の問いかけに対して口を開いたものの、続く言葉はない。
静かな時間が流れる。凛花は依然として俺の背中に隠れていた。
「これはどういう事なんだ? 聞いてた話と違うけど」
「……と、トシヤのためを思ってやったんだ」
「は?」
「月宮さんは貞操観念が低い人なんだ。正直、トシヤには相応しくないと思っていた。だから、……そう、オレ自身が身を切って月宮さんがどういう人間なのか調査していた。そして、情報が集まってからトシヤに報告するつもりだったんだ!」
必死に平静を保とうとしているが、動揺がにじみ出ている。
言い訳の質も過去最低だ。
こんな言い訳を信じる人間がいるのだろうか。
「俺に相応しくないと思っていたなら、どうして俺がアイツに告白するよう仕向けた?」
「……月宮さんの本性に気づいたのは、トシヤと月宮さんが付き合ってからだ。もっと早く気がつけていれば、トシヤと月宮さんをくっつけようとは考えなかった」
「だったらなんでアイツがどういう人間か俺に報告しなかったの? 十分、情報は集まったんじゃないのか?」
「それは、この事を伝えたら、トシヤの精神状態が不安になって……」
頭をフルで回転させているようだが、もう挽回はできない。
当たり前だ。取り返しのつかない情報が揃ってしまっている。
百歩譲って、元親友の言葉を信じるにしても、彼の行動原理が謎すぎる。ツッコミ所が多すぎるのだ。
「まぁいいや。俺のためにありがと。真太郎。でも、俺の精神状態は問題ないよ」
「そ、そうか……よかった」
「うん。凛花がいれば、俺は平気。だからさ、俺と凛花の邪魔はしないでくれるよな? だってお前は俺のためを想って身を切って行動してくれるくらい、自己犠牲に富んだヤツだもんな」
「……っ」
「もう話は終わり。悪いけど帰ってくれないかな」
我ながら、今の自分は好きになれそうにない。
相手の言葉を逆手に取って理詰めして……。
俺は凛花の右手を握ると、部屋のカギを取り出した。
「ま、待ってくれ。まだ話は終わっていない!」
「これ以上、何を話すことがあるの?」
「……凛花はトシヤの家に泊まるのか?」
「あぁ、ちゃんと許可も貰ってる」
お父様には内緒にしているけど……物はいいようだ。美香さんからの許可は得ている。
「そんなの、オレが許可しない! 凛花はこのままオレが連れ帰る!」
元親友は眉間にシワを寄せると、強引な手段に出る。凛花の左手を掴んだ。
瞬間、凛花の頬が斜めにひきつり、肩が上下に揺れる。
「触らないで!」
悲鳴にも似た声と共に、力強く振り払う凛花。ここまで明確に、凛花が拒絶するのを初めて見た。それだけに、元親友も当惑している。
俺は部屋のカギを開けると、凛花を背に隠す。真太郎の肩を軽く押して、距離を取らせた。
「次、凛花が嫌がることしたら容赦しないから」
そうして一言吐き捨てるようにこぼして、俺は凛花を連れて玄関に上がった。
元親友は唖然と、その場で立ち尽くすことしか出来ないでいた。
★
「災難……でしたね」
ベッドを背もたれ代わりに使って、俺と凛花は横並びで座っている。
俺は小さく嘆息すると、頬をポリポリと掻いた。
「ああ。……ごめんね凛花」
「え? なんで先輩が謝るんですか?」
「だってもし、俺より先に凛花が帰ってたらと思うと、気が気じゃなくてさ」
今回は俺が先に帰れたからよかった。
だが、凛花が先に帰っていたらどうなっていたか。
余計な提案をせずに、初めから一緒に帰るのが最適解だったわけだ。
結果として、大事には至らなかったが、俺の失態ではある。
「まぁそれはいいじゃないですか。結局、先輩が追い払ってくれましたし」
「追い払えたのかな……」
さっき、玄関扉にある覗き穴(ドアアイって名称だったと思う)を見たとき、元親友の姿はなかった。ひとまずは安寧が訪れたとみていいだろうが。
「追い払えてましたよ。『次、凛花が嫌がることしたら容赦しないから』ってのには痺れましたね」
「ば、馬鹿にしてない? なんかモノマネに悪意を感じるんだけど!」
「してませんってば。えへへ、録音しといてよかったぁ」
「録音してたの!?」
「聞きますか?」
凛花はスマホにイヤフォンを差し込み、俺の左耳に片方を当てる。もう片方を右耳に装着して、音声を流した。
『次、凛花が嫌がることしたら容赦しないから』
そこから聞こえたのは俺の声。
普段自分が聞いている声とは少し……いやだいぶ違う気がするが、間違いなく俺のものだった。
「これ今すぐ消して」
「嫌です。これからこの音声で朝起きたいと思います」
「絶対やめろ! てか、弄ってんだろ!」
「弄ってませんってば。格好よかったですよ先輩♡」
くそ、絶対
俺は隙を見て、凛花のスマホに手を伸ばす。
しかし、すぐに凛花に気付かれてしまい、失敗に終わった。
「奪い取ろうったって、そうはいきませんよ」
「くっ……」
恨めしそうに下唇を噛むと、凛花が話題を変えてきた。
「そういえば先輩。私に内緒で何買ったんですか?」
家電量販店にて、俺が買った物に興味を持たれる。
袋越しには、俺の買った物の正体は分からないだろう。
隠すほどの物でもないから、素直に教えるか。
俺は袋から取り出す。
「ドライヤー。うちにないからさ。凛花が泊まるなら必要になるかと思って」
「え、わざわざすみません……私のために……」
「いや安物だし気にしないで。凛花こそ、コンビニで何買ったの?」
同じ質問をする。
凛花は仄かに頬を赤らめると、視線を下に落とした。
「先輩には内緒です」
「そう言われると余計気になるんだけど」
「あ、もういい感じの時間ですね。夕食作らないと」
かなり強引に話を中断される。
まぁ、無理に聞く気はないからいいのだけど。
腰を上げる凛花に続いて、俺も腰を上げる。
「いや俺がやるよ。朝作ってもらったし」
「気にしなくていいですよ。泊めてもらうんですし料理くらい」
「じゃあ、一緒に作る?」
「そうしましょうか」
かくして、一緒に夕飯づくりをすることになった。
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できたら夜にまた更新します。
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