幼馴染(ビッチ)が正妻に勝てるわけがない②

「それはこっちのセリフですよ、月宮先輩」


 スッと目を細めて、冷たい声で告げる。

 凛花は俺から手を離すと、幼馴染に対面した。


 それを受けて幼馴染の目に動揺が走る。


俊哉としやくんの甘さに漬け込んで、一晩泊めてもらうとは良い度胸ですね。……私達付き合ってるので、そういう軽はずみな行動やめてもらえますか」


 動揺からか、口をパクパクするだけでまともに発声できない幼馴染。

 そんな彼女と違って、凛花は鋭くピシャリと言ってのける。


「……っ。やめて、よ。あたしからトシ君取らないでよっ」

「自分から手放しておいてよく言いますね」

「あ、あたしは手放してなんかない!」

「先輩のこと傷つけておいて、もうやめてくださいよ。私と先輩の邪魔しないでください」


 猫目を作り、睨み付ける。

 幼馴染はピクッと肩を跳ねて怯む。


「き、傷つけるつもりじゃ……」

「本当に、何も理解してないんですね。自分がどれだけ酷い事してるのかいい加減理解してくださいよ」

「いや、あたしはひどい事したって……分かってる」

「だったらよくも、傷つけるつもりじゃなかったなんて言えますね。まぁ知ってましたよ。月宮先輩がそういう人だって。自分のしている事の重大さを何も分かってない! 結局自分本位の人間だってわかってたから、私は仕返しするつもりだったんです!」

「仕返し?」

「ええ、先輩と私の浮気現場を目撃させるつもりでした。要するに意趣返しです。そしてしっかりと先輩が受けた痛み以上に傷つけた後、私は先輩と幸せになる魂胆でした」

「なによ、それ……」


 凛花は続ける。


「ただ、先輩はもう月宮先輩に関わりたくないって言ったんです。だから私は先輩の気持ちを尊重して仕返しはやめてあげる事にしました。でも結局、それは間違ってたのかもしれないですね。尻軽クソビッチには、ちゃんと先輩が受けた痛みを身を持って持って教えてあげるべきだったんです。だから、自分のした事の大きさを理解できず、未だに未練がましく先輩に付きまとってる」

「……っ。い、痛みなら受けてる……。凛ちゃんとトシ君がキスしてる場面なんて見たくなかった……」

「どの口が言ってるんですか。あはっ、笑わせないでくださいよ。別れた以上、先輩が誰とキスしようが咎める権利はありません。もう、アナタが立ち入っていい領域ではないんです」

「そんな、こと……ない」

「あります」


 真っ向から幼馴染の言を否定する。


「そもそも夜になって何時間も先輩の家の前に居座るって、ふざけてるんですか」

「ふざけてない! あたしはトシ君と話したい一心で……」

「反吐が出るくらい勝手ですね。月宮先輩はこの期に及んでまだ自分の事しか考えてないんです。もし先輩があのまま家の中に入れてくれなかったら、どうするつもりだったんですか?」

「ずっと待ってたよ。トシ君が開けてくれるまで」

「でしょうね。私はそれが勝手だって言ってるんです。もう時期も時期です。夜は冷え込みますし、下手すれば冗談抜きで命に関わります。もし、月宮先輩にもしものことがあったらどうするんですか」


 幼馴染は黒目を左右に泳がせ、ギュッと両手を握りしめる。


「それは……あたしの自己責任でしょ」

「えぇそうですね。ですが、自己責任で処理されるでしょうか。仮に、そうなったとして先輩が非難されるとは考えないんですか。事情があるとは言え、幼馴染を一晩放置した非情な人間だって思われかねません。噂が流れれば先輩の学校での居場所がなくなるかもしれません。月宮先輩の親御さんから逆恨みされるかもしれません。アナタはそういう卑怯な手段を使ってるんです」

「……っ、そんな、つもりじゃ──」

「そんなつもりじゃない。迷惑かけるつもりはなかった。……ですか? いい加減にしてくださいよ。これ以上──先輩を傷付けないでください!」


 感情が強くこもった、力強い言葉だった。

 プルプルと身体が小刻みに揺れている。凛花は俺のために怒って、俺のことを考えてくれている。


 だと言うのに俺は……何をしているんだろうか。


 彼女に余計な心配をさせて、ただ彼女の優しさに甘えているだけ。


 俺の言葉を信じてくれてはいるけれど、幼馴染と一晩過ごした事はきっと今も胸の中でわだかまりになっているはずだ。

 何もなかったとしても、良い気分はしない。俺に一途に片想いをしてくれた彼女に対して、俺は不誠実でしかない。


 ダメだよな……こんなの。


 本当に……ダメだな俺は……。いい加減、変わらないと──。

 これ以上、幼馴染に好き勝手させちゃダメだ。完膚なきまでに関係を断ち切らないと、いけない。



「……さっきからツラツラと──勝手なこと……言わないでよ」


「は?」



 幼馴染は、覚束ない足取りで玄関を上がると、勢いよく凛花の胸ぐらを掴んだ。


「どうせ凛ちゃんが、トシ君に余計なこと吹き込んだんでしょ⁉︎ 思えば、おかしかったもん。凛ちゃんが、トシ君に余計なこと言ったせいで、こんなことになったんだ……! アンタがいなければ、あたしは今もトシ君と一緒に……」

「急になに、言ってるんですか。全部自分のせいでしょ。私に責任押しつけないでください!」

「違う……違う違う違う! 違う! あたしのトシ君取らないでよ!」


 血相を変えて、見たこともない表情をしていた。


 俺は咄嗟に間に入ると、幼馴染を突き放す。

 凛花を背後に置いて、睨みを効かせた。


「もう……帰ってくれないか。凛花の言ったとおり、全部……自業自得だ。勝手に責任転嫁するな」


 冷酷にあしらう。

 再三になるが、俺はもう幼馴染に構う気はない。今回が特例だっただけだ。


 別に俺の意思に変更点はない。


「凛花って……あたしのことは名前で呼んでくれないのに、その子のことは名前で呼ぶの?」

「当たり前だ。カノジョと他人じゃ扱いが変わる」

「他人……」


 顔面蒼白になって俺の言葉を受け取る。

 凛花が俺の腕に引っ付いてきた。


「そうです。早く帰ってください。これから私、先輩の朝食作らないといけないんです」

「朝食なら……あたしが買ってきた」

「コンビニで買うって……手料理作れないんですか」

「……っ。つ、作れるし!」


 凛花の挑発に正面から乗っかかる。

 だが俺は知っている。幼馴染は料理ができない。


 生まれつきの不器用も手伝って、壊滅的にセンスがないのだ。その事はある程度凛花も理解している。


「ふぅん……」

「な、なによ」

「じゃあ勝負しませんか」

「え?」

「私と月宮先輩、どっちが先輩を満足させられるか。負けた方は潔くこの家から出てくってことで」

「そ、そんなの……卑怯、じゃん……」

「月宮先輩にそんなこと言う権利あります?」


 口調こそいつもとさしたる差はない。

 だが、明確に明瞭に、凛花は怒っていた。



「……わかった。じゃあ料理勝負って事で」



 かくして、なぜか料理で決着を付けることになった。



───────────────────────


出来たら夜にもう一回更新します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る