幼馴染(ビッチ)が正妻に勝てるわけがない③

 三〇分後。


「先輩のために丹精込めて作ったフレンチトーストです♡」


 凛花の作ってくれたフレンチトーストがちゃぶ台の上に並んでいた。

 肩がぶつかるくらいの至近距離に凛花がいる。そして部屋の隅っこでは、体育座りをしてどんよりと落ち込む幼馴染の姿があった。


「はい、あーん」

「じ、自分で食べれるよ」

「いいですから。口開けてください」

「じゃあ……」


 凛花がフレンチトーストを口元に運んでくれる。

 フレンチトーストは結構作るのが難しい。以前挑戦したことがあるが、焦がして失敗した事がある。


 しかし彼女の作ってくれたフレンチトーストは、かなり理想的な仕上がりだった。


 凛花は満足げに微笑むと、チラリと幼馴染を一瞥する。


「いつまでそこで座敷童子みたいに居座るつもりですか。料理勝負にすらならない人は、さっさと帰ってください」

「ち、違う。今日はたまたま、上手くいかなかっただけなの。……調子がいい時は原型くらい留めて──」

「料理を跡形もなく黒焦げにするか、かろうじて原型留めるかって時点でお察しですから」

「……っ。ちょっと料理出来るからって調子に乗らないでよ」

「乗ってませんが。……とはいえ勝負は勝負です。まさか勝負にすらならないとは思いませんでしたが。敗者は大人しくお帰りください」

「…………と、トシ君……」


 何故か、俺にすがってくる。

 俺なら、なんとかしてくれると思っているのだろうか。この期に及んで、俺なら何か救いの手を差し伸べてくれると、本気で思っているのだろうか。


 それだけ俺が彼女に対して甘く接していた、という事の表れなのだろうか。


 困った時は俺に頼る──そんな思考回路が、彼女の中で確立しているのかもしれない。


 ……はぁ。


 やるなら、今しかないか。しっかりと……これから嫌なことをしないといけない。

 仮に自己嫌悪に襲われたとしても、ここで行動を起こさないといつまでも彼女は俺に執着しかねない。


 俺は一度瞑目すると、呼吸を整え幼馴染に視線をぶつけた。


「約束も守れないのか?」

「……ち、違うよ! そんな事ない! でもこれはあたしに不利な勝負だった……から」

「だから? 不利だったら負けても約束守らなくていいの?」

「で、でも」

「元々……」

「え?」

「元々、お前なんか顔がちょっと好みなだけなんだよ。別に、初めから大して好きじゃない。いつまでも俺に縋ってくるな。いい加減うざったいんだよ……ったく。全面的にお前に非があるのに、俺は穏便に別れを切り出してんだ! なんでそれがわかんねぇかな。お前に優しい俺はもういないの。俺のこと一途に好きでいてくれてると思ったのに、ガッカリだよ。顔以外、ホント終わってるなお前」

「……っ」

「まぁよかったよおかげで凛花と付き合えたからさ。今後は俺に構わず適当なイケメンと好き勝手やってなよ。尻軽女の顔なんかもう二度と見たくないんだ。いつまでも未練がましく俺に付き纏うのはやめろ。……お前が近くに居ると気が滅入りそうになる。今すぐ消え失せてくれ」

「……と、トシ君……」

「あぁ、あとその呼び方、二度としないでくれるかな。聞く度に虫唾が走るんだ。幼馴染ってだけで俺の周りウロチョロして、昔から鬱陶しかったんだよ。分かったら早く消えろ。今後何があろうとお前なんかと復縁することはない」


 語気を強めて、鋭い眼光を飛ばす。

 幼馴染は肩を跳ねると、涙を目に浮かばせた。今にもこぼれ落ちそうなくらい溜まっている。


 彼女は荷物を手繰り寄せると、何も言わず逃げるように部屋を後にしていく。バタン、と強く扉が閉まる音が響いた。


 静まり返る室内。重たい、静寂が周囲を支配した。

 カチカチと時計の秒針が進む音だけが聞こえる。


 凛花がそっと上目遣いで俺を捉えた。


「……なんで思ってもない事言ったんですか先輩」

「は?」

「ちゃんと先輩は月宮さんの事が好きでしたよね……顔だけで好きになったわけじゃないでしょう?」

「……いやあれが、本心だよ。俺、そういう人間なんだ」

「嘘ですよね。だって先輩、嘘吐く時、こうやって親指を内側にして拳を握るんです」


 凛花が、俺が嘘を吐く時の仕草を伝えてくる。

 自分の事ながらそれは初耳だった。けど思えばその仕草をやっていた気がする……。彼女に嘘は吐けないな……。


 幼馴染に酷いことした分、凛花に愛想尽かされても仕方ないと思っていたのだが。


「…………。結局、ちゃんとアイツのこと突き放せてなかったからさ。あそこまで言えば、さすがに踏ん切りつくだろ? いっそ俺のことが嫌いになるくらい」

「まったく、先輩ってバカですよね」

「え?」

「私じゃなかったらドン引きですから。ちゃんと意図があるなら話してください。じゃないと私、先輩がそういう人だって誤解したかもしれないじゃないですか」

「……ごめん」


 でも、後から『今のは嘘だから誤解しないで』なんて言える権利が俺にあっただろうか。相手が誰であろうと、今の俺は最低でしかない。故意に幼馴染を傷つけた。


「だから先輩は私を大切にした方がいいと思います。私ほど先輩の事理解できる人はいませんよ」

「ホントだな。ホント……そう思う」

「あーあ、なんだか変な空気になっちゃいましたね」

「うっ、ごめん」

「あ、いえ先輩を責めてるわけではなく」


 ワタワタと両手を振る凛花。

 彼女はパンと両手を合わせると、


「取り敢えず邪魔者も居なくなったので、気分転換も込めてイチャイチャしましょうか」

「お、おー」


 カノジョからの提案に、俺は生返事をして応じるのだった。

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