元親友の妹とキス

 幼馴染に別れを告げた後、俺は一人暮らしをしている家に戻ってきた。


「おかえりなさい先輩」

「ただいま」


 玄関に入るなり、快活な声が俺を出迎えてくれる。


 エプロン姿の凛花ちゃんは、キッチンにて料理をしている真っ最中だった。

 水道水で手を洗うと、とてとてと俺の元に歩み寄ってくる。


「ちゃんと別れられましたか?」

「まぁ円満って形ではなかったけど」


 幼馴染に別れ話をするに当たって、凛花ちゃんには先に帰ってもらった。

 別れを切り出す際、凛花ちゃんの存在はノイズになると思ったのだ。余計な隙を与えたくなかった。


「じゃあこれからは私、先輩のカノジョって事でいいんですよね?」

「うん。俺も、これからは凛花ちゃんの彼氏って事で」


 赤くなった顔を隠すようにそっぽを向く。

 すると甘い香りと一緒に、強めに抱きしめられた。


「嬉しいです。これからは合法でイチャイチャできますね」

「合法って……まぁそっか」


 幼馴染と付き合っている状況下であれば、表だってベタベタはできない。

 ただ彼女との関係を絶った今、なにをしたところで文句を言われる筋合いはない。


「好きです。大好きです先輩」

「……俺も」


 ついこの間まで、凛花ちゃんは親友の妹。その認識でしかなかった。

 可愛いとは思っていたけれど、恋愛感情はなかったと思う。


 たかが数日、されど数日だ。

 俺の気持ちに寄り添ってくれて、親身になってくれて、支えになってくれて、協力してくれて、好意をぶつけてくれて、一番辛いときに光を差してくれた。


 そんな彼女のことを、好きにならない方が難しい。これから時間と共に、凛花ちゃんのことはもっと好きになっていくと思う。




 ★




 時間はいくばくか流れ、凛花ちゃんが作ってくれた夕飯を食べ終えた後だった。


「先輩。さっきから通知鳴り止まないですけど、いいんですか?」


 床に放置してあるスマホを指さす凛花ちゃん。

 絶え間なく愛里からメッセージが届いている。


「いいよ。反応してもしょうがないからな」

「先輩、意外と鬼畜ですよね」

「じゃあ凛花ちゃんが俺の立場だったらどうするの?」

「速攻でブロックしますね」

「人のこと言えないな。でもまぁ、その方がいいか」


 俺はスマホを操作すると、さっさと幼馴染の連絡先をブロックする。

 騒がしかったスマホは、それを境に静かになった。


「ところで先輩」

「ん?」

「せっかくなので、なにか恋人っぽいことしときますか」

「恋人っぽいこと?」

「ですです。……キスする、とか」


 人差し指を唇において、照れ臭そうに視線を逸らす凛花ちゃん。

 加速度的に俺の顔が熱くなり、赤々と染まった。


「それは流石に早いんじゃ……」

「私は別に早くないと思いますが」

「マジか」

「マジです」


 本気で、キスしていい雰囲気が立ち込める。

 ドキリと心臓が知らない跳ね方をした。ちょっとこのままだと、平静を保てそうにない。


「……俺、初めてだから……優しくしてください」

「先輩がそれ言うんですか!?」

「……ん」

「しかも受け身!? なに目つぶって待ちの体勢作ってるんですか! 逆ですよ普通! 私がそっちのポジションですから!」


 甲斐甲斐しくツッコんでくれる凛花ちゃん。

 ようやく少しだけ平静を保ててきた。俺は閉じた目を開けると、凛花ちゃんに顔を近づけていく。


「……ホントにしていいの?」

「っ。そう何度も聞かないでください……」

「ごめん」

「私も、初めてですから」


 至近距離で目を合わせる。

 お互い羞恥からか、顔が真っ赤だった。


 凛花ちゃんがそっと目を閉じる。それを合図に、口づけを交わした。

 長いのか短いのかも分からない。ただ知らないその感触を慈しむように、触れ合っていた。


「えへへ……照れますね先輩」

「あぁ」

「これからはもっともっとイチャイチャしましょう」

「お、おー」


 取り敢えず同調しておく俺。


「あ、そうだ」

「ん?」

「少し順序が違う気がしますが、呼び方変えませんか」

「呼び方?」

「はい。付き合った記念に呼び捨てにしてほしいです」

「それ記念にするものなの?」

「引き続きちゃん付けでもいいですけど、私としては呼び捨ての方が先輩の所有物感あっていいというか」

「所有物感って……」


 呆れ気味に反芻する。

 何はともあれ、俺のカノジョさんは呼び捨てをご所望らしい。


 俺はコホンと咳払いしてから。


「じゃあ、これからは凛花って呼ぶことにする」

「はい。……俊哉としやくん」


 不意を打つような名前呼びに、俺の頬が熱くなる。


 お互い、黙り込んでしまう。チラリと時計を見ると、もう遅い時間だった。


「もう帰らないと」

「で、ですね。じゃあ私はこれで」

「駅まで送るよ」

「そんな、大丈夫です」

「そのくらいさせて。彼氏なんだし」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」


 ぞろぞろと立ち上がると、俺たちは駅へと向かった。




 手を繋ぎながら適当に雑談をしつつ、駅に到着した。

 元々、そんなに遠い場所じゃない。歩いて十分程度。


 改札の前で、凛花ちゃん──じゃなく、凛花は名残惜しそうに俺の手を離す。


「じゃ、また明日です」

「うん、気をつけて」

「はい。後で連絡します」

「待ってる」


 凛花は小さく手を振ると、改札へと向かう。

 が、そこでパタリと足を止め、再び俺の元に戻ってきた。


「先輩。ちょっと屈んでもらっていいですか」

「……? うん」


 中腰の姿勢になると、彼女は俺の頬を両手で包むように触る。

 そして、息継ぎする間もなく、唇を奪ってきた。


「隙アリです。先輩」

「……っ」


 屈託のない笑みを浮かべて、改札を抜けていく。

 そんな彼女の後ろ姿を目で見送りながら、俺はしばらく呆然としていた。


 ……くそっ。可愛すぎる。


 赤くなった顔を隠しながら、一人でもだえる俺。

 まずいまずい。いくら夜とはいえ、人目もあるのだ。あまり奇異の視線を集めるわけにはいかない。


 踵を返す。

 そうして我が家へと戻ろうとした──その時だった。



「どういう……こと、トシ君……」



 困惑に顔を歪めた幼馴染の姿が、そこにはあった。


───────────────────────


夜にもう一話更新します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る