ミッション3:幼馴染と別れろ!

「俺と、別れてくれないかな」

「…………は?」


 場所は変わらずファミレスにて。

 俺と愛里は向かい合う形で座っていた。


 再入店をしたため、席の位置は変わっている。大体店の中心あたりの四人席だ。


 折を見て別れ話を切り出すと、愛里の表情が強張った。彼女はすぐにお得意の笑顔を作る。


「そ、そういう冗談イヤだな……。今日はエイプリルフールじゃないよ?」

「分かってる」

「分かってるって……嘘、だよね?」

「嘘じゃない。俺と別れてほしい」


 ハッキリと、臆する事なく告げる。

 俺はもう、愛里の事に時間を割きたくない。今日で彼女との関係に終止符を打つ。


「だ、だってまだ一ヶ月も付き合ってないよ? それに、告白してきたのトシ君からでしょ⁉︎」

「ちゃんと理由を言った方がいい?」

「と、当然だよ。理由も聞かずに別れるなんて出来ない!」


 テーブルに両手をついて、勢いよく立ち上がる。

 焦燥感に呑み込まれた表情、焦りからか口調が早くなっていた。


 俺は特に動じずに、別れるに至った最たる理由をぶつけることにした。


「これからは真太郎と仲良くやっててくれよ」

「……っ。な、なに……言ってるの? なんであたしが中条くんと仲良くしないといけないの?」

「しらばっくれても無駄だよ。見たんだこの前の日曜日。ホテルから出てくる愛里と真太郎の姿」

「ち、ちがっ! 誤解。誤解してるよトシ君。あたし、ホテルなんか行ってない!」


 矢継ぎ早にペラペラと言葉を重ねる愛里。

 瞬きの回数が増えて、冬だと言うのにじんわりと汗が滲んでいた。


「それで突き通すのは勝手だけど、とにかくそれが理由。……別れる原因作ったのはそっちだよ」

「ご、誤解……だよ。て、てかどうして……トシ君はバイトだったはずじゃ──」

「あの日は早く終わったんだ。それで愛里には内緒で買い物する用があったから、特に連絡はしなかった」

「あたしに内緒で買い物ってなに?」

「今となっては馬鹿な買い物をしてたんだよ」


 愛里の質問に抽象的な返事をして、俺は小さく吐息をこぼす。

 愛里はわなわなと身体を震わせると、ギュッと下唇を噛んだ。


「トシ君は見間違えたんだよ。あたしと中条くんに似てる人と」

「もう少しマシな言い訳つけないの?」

「……っ。ほ、ほんとはね……うん。トシ君の言う通り、あたしと中条くん一緒にいたよ。で、でもやましい事は何もないの。ホントだよ? 買い物してたら偶然バッタリ会って……それで休憩出来る場所って書いてあったから、行ってみようって話になっただけなの。あはは……あたし全然知識ないからそういう場所だって知らなくて。こんな事知られたらトシ君に幻滅されちゃうと思って黙ってたんだ。確かにホテルには入った。うんそれは認める。けど何もしてない。神に誓って何もしてないから!」

「キスまでしといてか?」

「……ッッ」


 ホテルの中で、愛里と真太郎の間に何があったかを知らない。可能性の一つとして、本当に何もなかったと言う事もあるのだろう。

 ただ、俺は彼らのキス現場を目撃している。これでどうやって愛里の話を信じれば良いのやら。


「ち、違うの……違うんだよトシ君」

「何が違うの?」

「お、脅されてたんだ中条くんに」

「脅されてた?」

「そう──脅されてたの。実は、この前えっと万引きしちゃった事があって……あ、でも違うんだよ。魔がさしただけで、後でちゃんと返したから。でも、その現場を中条くんに目撃されちゃったんだ。それで学校とか警察にバラされたくなかったら言うこと聞けって言われてて……た、助けてトシ君」


 よくもまぁ、こんな作り話をペラペラと語れるものだ。しかし少し前の俺なら、こんな嘘丸出しの話を信じていた気がする。

 それだけ俺は、盲信的に愛里を好きだった。今はその洗脳が解けたみたいだ。


「いつから脅されてたんだ?」

「えっと、十日前、かな」

「じゃあなんでその時に助けを求めなかったの?」

「……そ、それはトシ君に心配掛けたくなくて」

「でも今はその話をするのか」

「だ、だってトシ君が別れるとか言うから……」

「もういいよ。やってる事も言ってる事もさっきから全部滅茶苦茶。別れてくれればそれでいいから……あ、別に浮気の件言いふらして、大ごとにしようとか考えてないから安心してよ」


 いっそ大ごとにした方が、愛里にも真太郎にもダメージが及ぶだろう。

 けれど、それをしても少しスッキリするだけ。あとは虚しさがやってくる。


 俺は愛里にも真太郎にも、もうこれ以上時間を割く気はない。彼らが今後どうなろうが、俺の興味からは失せた。


「あ、安心なんてできないよ」

「話は終わり。短かったけど、俺なんかと付き合ってくれてありがと」

「ヤダ……待って。待ってよトシ君!」


 俺が席を立とうとすると、すかさず制服の袖を握ってきた。


「しつこいな……」

「あたし、本当にトシ君のこと好きなの。この気持ち、嘘じゃない。トシ君以外に、彼氏は考えられないの。だ、だからやり直せない、かなっ」


 一体、何を言っているのだろうか。

 さすがに耳を疑いたくなる。


「本当に俺のことを好きでいてくれたなら……どうしてその気持ち、貫いてくれなかったかな。もう手遅れだよ」

「ヤダ……ヤダってば。あ、そう……そうだ。あたしが中条くんと何もしてないって証拠、確かめる方法あるよ。……今からトシ君の家、行っていい?」

「馬鹿にしてるのか?」

「馬鹿にしてなんかない! で、でもそのくらいしか、もうトシ君の信頼を取り戻せないから……」


 大方、愛里の思考は想像がつく。

 経験のない俺に、愛里が処女か非処女かなど見抜く力はない。適当に演技をすれば騙せると考えているのだろう。……この期に及んで、そんな手法を取るあたり、彼女の尻の軽さがうかがえる。


 俺は今度こそ席を立つと、吐き捨てるようにこぼした。


「イケメンとよろしくやっててよ」

「……っ。ぜ、全部直すから。あたしの悪いとこ、全部直すから……だから行かないでトシ君!」


 俺にしがみついて、涙を目に浮かべる愛里。

 彼女の手を振り払うと、踵を返した。


「……ここの会計は持つから、もうこれっきりにしよう」

「や、ヤダってば。待ってよトシ君……」


 力が抜けてペタンと床に座り込む愛里。

 そんな彼女を一瞥すると、俺は店を後にした。

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