ヘイト回

「そろそろ期末試験だね。真太郎、勉強教えてよ」

「断る。トシヤに頼めばいいだろ」

「たまには、トシ君に頼らずに良い点数取りたいじゃん? そしたら、またあたしのこと惚れ直してくれると思うんだよね」

「だったら勝手に頑張るんだな」


 現在。場所は変わらず、ファミレスにて。

 俺と凛花ちゃんは、一つ後ろの席の会話をそばだてていた。


 そう、一つ後ろの席の会話を、だ。


 この時点でお察しかと思うが、愛里と真太郎はすぐ近くに居る。

 何かの拍子でこちらに気が向けば、すぐに鉢合わせる間合いだ。


 凛花ちゃんがスマホを録音モードにしながら、小さく耳打ちしてくる。


「ど、どうしましょう。ぜ、絶対絶命ですよ先輩っ」

「あ、ああ……でもこうなった以上、どうすることも……」


 逃げようにも、席を立つだけでリスクがある。

 レジに向かうまでに、確実に愛里達の席を横切るのだ。


 動かずジッと、息を潜める以外に手段はない。


「先輩。私、そっちの席行っていいですか」

「なんで?」

「万に一つ、こっちに振り返ってこられたら詰みじゃないですか。まだ背中向けていた方が安心です」

「なるほど、確かにそうだな」


 俺は荷物をどかして、凛花ちゃんが座れる分のスペースを作る。根本的な解決にはなっていないが、幾分かリスクは減らせる。


 彼女は机の下をくぐると、俺の右隣にやってきた。

 と、すぐ後ろの席にいる真太郎がスンと鼻を鳴らした。


「むっ……今、凛花の香りがした気が」

『……ッ』


 俺と凛花ちゃんの身体に緊張が走る。

 コイツ、気持ち悪すぎるだろ……。なんで妹の香り分かるんだよ。


 凛花ちゃんの身体が震える。

 この震えには身バレのリスク以外も、含まれていそうだった。


「うわ、キモ……」


 愛里にまで気持ち悪がられていた。

 俺、よくこれまでアイツの親友やってたな……。


「おい、失礼じゃないかそれは」

「だってホントのことじゃん。真太郎ってせっかく顔は良いのに、凛ちゃんの事となると、気持ち悪いよね」

「凛花以上に可愛いものは存在しないからな」

「理由になってないし。てか、仮にもあたしが居る前でそれひどくない?」

「元々、そういう仲だろうオレたちは。今更なにをいう」

「あは、確かにそうだね」


 引っかかる物言いだった。

 俺たちは息をひそませて、彼らの会話に意識を向ける。


 凛花ちゃんがそっと、俺の右手を握ってくれた。


「オレたちはただの協力関係だ。ストレス発散や欲求の処理、本物の恋人じゃない」

「分かってるよ。あたしだって、真太郎みたいな人が彼氏じゃ嫌だし」

「気が合うな。……まぁオレの場合はトシヤへの恨みも入っているがな」

「恨み? なにそれ、聞いたことないんだけど」


 まだ全容は掴めてこない。

 ただ、俺に内緒でただ付き合っていた訳ではなさそうだ。


 俺の表情に陰りが出ると、凛花ちゃんが更にぎゅっと強く握りしめてくれる。


「ああ知らないか。凛花は、トシヤに好意があるんだ」

「それは知ってる。見てればわかるし。だから、それとなく牽制してるんだけど」

「トシヤは悪い奴じゃないが、凛花の気持ちをたぶらかすのは容認できない。要は、愛里と関係を続けることは憂さ晴らしになるんだ」

「完全に逆恨みじゃん。てか、真太郎キモすぎ」


 呆れたようにこぼす愛里。

 俺の隣で、凛花ちゃんが小さく呟いた。


「私のせいで……」


 俺は彼女の手を握り返すと、首を横に振った。


「それは違うよ」

「先輩……」


 凛花ちゃんは何も悪くない。

 真太郎が逆恨みしたところで、愛里がそれに応じなければよかっただけ。


 聞いていて楽しい話じゃ、ないな。分かっていた事だけど。


「オレのことを悪く言うが、愛里も大概だろう」

「なにが?」

「その重度な面食いなところだ。オレと関係を持つ前からも、色々あったんだろ?」

「色々って、あのね。私は基本的にトシ君一筋だよ。ただ、トシ君とはゆっくりじっくりとステップを踏んでいきたいの。だからそのために、一時的に発散できる相手がほしいだけ」


 愛里の弾んだ声色。

 凛花ちゃんの顔つきが変わった。下唇を強く噛んで、感情を押し殺している。


「一筋、ねえ。純愛には思えないが」

「分かってないなぁ真太郎。てかさ、好きな人からは無条件で好意ぶつけてくれないと嫌じゃん? 変に焦ったりしたらダメ。トシ君とはゆっくりと恋人としてのステップを踏んでいくの。それでゆくゆくは結婚。トシ君、素直だから私のことずっと好きでいてくれるはずだよ」

「歪んでるな」

「歪んでないよ。愛情だし」


 反吐が出そうだった。

 こいつらは、本当に俺の知っているアイツらなのだろうか。


 悲しい。けど、それ以上に冷めていく気持ちがあった。

 あれだけ好きだったのに……どんどん気持ちが離れていく。


「先輩。口、開けてください」

「え?」

「いいですから」

「あ、ああ」


 凛花ちゃんに促されるがまま、口を開ける。

 すると、少し冷めたドリアを俺の口の中に放り込んできた。


 彼女の行動に理解が及ばず当惑する俺。

 すると、凛花ちゃんは怒ったような顔つきで、


「私、本格的にイラついてきました」

「それとこれ、どう関係するの……?」

「先輩とイチャイチャしてないと、もう怒りの臨界点超えそうなんで」

「なんだそれ。まぁ他のことしてないと。気が滅入りそうになるもんな」

「ですです」

 

 黙って話を聞いていたらどうにかなりそうだ。

 何か別のことに意識を向けていないと、耐えられない。


「この際なので、『バレずにイチャイチャ、チキンレース』大作戦、決行しましょうか」

「お、おー」


 そういえば、そんな作戦あったな。結局やらずに終わっていたが。


 この場でイチャイチャするのはハッキリ言ってバカだと思う。冗談抜きでチキンレースだ。

 でも、まぁいいか。ミッション2開幕といこう。

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