ファミレスからの監視

「バイト頑張ってねトシ君」

「おう。じゃ、また明日」


 ばいばい、と虚空に手を泳がせると、愛里も同じように手を振ってくれる。

 この十字路を右に行けば、俺のバイト先で両親の働いている和菓子屋がある。

 ここを左に曲がったところに愛里の家があるため、ここが別れ道だった。


 愛里は柔らかな表情を浮かべると、そのまま帰路に就いていく。そんな彼女の後ろ姿を見送ると、俺は物陰に隠れてスマホを取り出した。


 ──今、どこにいる? 


 端的にメッセージを送る。

 すぐに返信がきた。


『駅前のゲーセンのところです。合流できそうですか』

『うん。とりあえず、そっち行く』


 凛花ちゃんと合流するべく、俺は踵を返した。



 ★



「先輩。こっちです」


 駆け足で駅へと戻り、近くにあるゲームセンター……ではなく、その近くのファミレスへとやってきた。

 格安でイタリアンが食べられる学生にとっての、オアシスのようなお店だ。


 窓際の角席に凛花ちゃんの姿を発見する。彼女の対面の席に腰を下ろし、横に荷物を置いた。


2対にたいは?」

「ずっとゲーセンの中にいます。多分、太鼓でも叩いてるんじゃないですかね」


 2対──元親友で凛花ちゃんの兄、真太郎のことだ。

 俺たちは、今は探偵。調査ターゲットを、実名で呼ぶ真似はしない。


 まぁ、凛花ちゃんがやたらと乗り気なのだ。

 俺はそれにしぶしぶ付き合っている形である。


「じゃ、ひとまずはここで待機か」

「ですね。アンパン食べますか」

「ここファミレスだって忘れてる?」

「でも探偵ってアンパンしか食べられないんじゃ」

「じゃあその食べかけのドリアは何なのかな」

「これは……。あっ、先輩も食べます?」

「大丈夫。自分で何か頼むよ」

「遠慮しないでください。ほら、あーん」


 凛花ちゃんが、スプーンですくって俺の口元に運んでくる。


 頬を紅潮させ首を横に振ると、店員を呼び出した。


「む。先輩、間接キスとか気にしちゃってるんですか。今時小学生でも気にしませんよ」

「わ、悪かったな。俺はそういうの滅茶苦茶気にするタイプなんだよ」

「まぁ、先輩らしくてかわいいですけど」

「っ。お、俺見てないで外見ててよ。よそ見してる間にどっか行ったらどうすんだ」


 頬杖をついて楽しそうに目を合わせてくる凛花ちゃん。

 その視線がこっ恥ずかしくて、俺は逃げるように視線を逸らした。


 ほどなくしてやってきた店員に、ドリンクバーを注文して事なきを得る。


「取り敢えず飲み物とってくるけど、凛花ちゃんは何かいる?」

「じゃ、アイスティーで」

「了解」



 二人分の飲み物をもって席に戻る。

 彼女の手元にアイスティーを置き、俺の目の前にはコーラがある。


「ありがとうございます先輩」


 ちびりと一口飲む。


「まだ出てこない?」

「はい。このままじゃ、私と先輩が放課後にデートしてるだけになっちゃいますね」

「だな」

「だな、ってもう少しなんか反応してくださいよ。『で、デート⁉』くらいの仰々しい反応を期待してたのに」

「どんだけ拗らせたキャラだよ俺……。あっ」


 ある人物を見つけて声を漏らす。

 それにつられて凛花ちゃんも俺と同じ場所に視線を送った。


 そこにいるのは、三〇分ほど前に別れたばかりの愛里。制服姿のまま、すたすたとゲーセンの中に入っていく。


「先輩とデートするだけじゃ終われそうにないですね」

「あぁ。でも、偶然ゲーセンに行きたくなっただけってパターンも」

「なきにしもあらずですが、まぁ、それも見てればわかりますね」

「……胸がキリキリしてきた」


 胸元をおさえ、表情をゆがめる俺。

 そんな俺を心配するように、凛花ちゃんがそっと両手を握ってくれた。


「大丈夫です。先輩は一人じゃありません」

「……うん。ありがとう」


 少しだけ、身体が楽になる。

 一人でこうして追跡調査をしていたら、きっと早々に逃げていた気がする。


「あ、見てください先輩。奴ら出てきましたよ」

「手、つないでる……よな」


 ゲーセンから出てきたのは、愛里と真太郎。

 恋人にしか許されない距離感で歩いている二人組がそこにいた。


「取り敢えず、写真を撮っておきましょう」


 凛花ちゃんがスマホを取り出し、離れた位置にいる彼らを写真に収める。

 ぼんやりと眺めていると、パシャっと俺に向かってフラッシュが焚かれた。


「いや、俺を撮ってどうすんだよ」

「せっかくなので先輩の写真も撮っておこうかと」

「今すぐ消して」

「嫌ですっ。あ、じゃあ代わりに私の写真撮っていいですよ」


 横ピースをして、写真を撮られる準備を整える凛花ちゃん。

 俺は小さく嘆息すると、


「撮らないから。てかもう行かないと、取り逃がしちゃう」

「ですね。って待ってください先輩」

「は?」

「なんか、あの人たちこっちの方に来てませんか」


 凛花ちゃんの視線の先を見る。

 確かに、俺たちのいるこのファミレスへと、一直線で向かっていた。


 顔を合わせ、汗を蓄えはじめる。


「ど、どうする? もう逃げらんねぇけど」

「さ、幸いここは角席です。このままジッとしてれば見つかることはないかと……希望的観測ですが」


 凛花ちゃんの言う通り、ここは角席。

 目立つ行動をしなければ、見つかる危険は少ない、と思う。


 やがて、来客を知らせる鈴の音がなる。

 ちらりと見れば、愛里と真太郎がいた。


 バレたらどうしよう──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る