浮気調査開始
「今日も収穫なし……ですか」
浮気の動かぬ証拠を手に入れるべく行動を起こしてから、三日が経とうとしていた。
放課後や、朝の登校時間など、あらゆる時間に渡って調査を開始したが、いまだ収穫はなし。
我が家にて、ちゃぶ台を挟んで凛花ちゃんと対面している。
「ああ、やっぱり俺が見たのは何かの間違いだったんだよ」
「それは違います先輩。私だってこの目で見たんです」
「でも、結局浮気らしきシーンは見られなかった。今朝、一緒に登校しているのは見かけたけどさ……別にイチャついてたとかじゃなく、ただの友達の距離感だっただろ。途中から他の友達も混ざってたし、二人きりの時間自体そこまで多くなかった」
「そうですけど。少なくとも先輩と月宮さんが付き合っていることは、知っている人は知っている情報です。周囲の目がある登校中にあからさまにイチャつく方が不自然ですよ」
「そう、だけど。でも、放課後は一切接触してなかった」
「……そう、ですけど」
浮気調査を始めて三日。
決定的な証拠は掴めていない。それどころか、あの日みた浮気現場こそが間違いだったと、脳に刷り込まれていく。
「俺、やっぱり信じてみるよ。愛里が俺を裏切るとは思えない。真太郎だってそう。中学からずっと付き合いがあるんだ。引くほど凛花ちゃんを溺愛してるアイツが、あんなことするわけないって」
「先輩……」
悲しそうな目で俺を見つめる凛花ちゃん。
声色は大人しく、今にも消え入りそうだった。
「……それで先輩は、変わらずあの人と付き合い続けるんですか。兄と、友達続けていくんですか」
「……それは……」
「そんなの嫌です。絶対嫌、です。もう少しだけ続けてみませんか。まだ三日じゃないですか。見切りをつけるのは早いです」
「凛花ちゃん……」
潤んだ瞳。今にも泣き出しそうな表情で、けれど気丈に振る舞いながら俺の両手を包むように握ってくる。
ホント、ダメだな俺……心が弱すぎる。すぐに逃げてしまいたくなる。
凛花ちゃんに引っ張ってもらわないと、楽な道を探してしまう。
現実を見なかったことにするのは楽だ。
適当な理由をくっつけて自分に言い聞かせて、知りたくない情報には蓋をする。
それは楽だけれど、何も救われない。結局はじわじわと、俺の首を絞めていく。
「それに、言っときますけど、先輩がもしやめたとしても私はやめる気ないですから! 意地でも証拠を掴む所存です」
俺のために、ここまで行動してくれる子は他にいるのだろうか。
わずかに口角を上げると、俺はぽつりと呟いた。
「……最初から凛花ちゃんと付き合ってればよかったな……」
「え?」
「あ、い、いや……なんでもない!」
口に出すつもりはなかったが、漏れていたみたいだ。
瞬間、凛花ちゃんの顔に朱が注がれる。伝染するように、俺の顔も赤くなっていく。
狭い室内を重たい沈黙が支配する。
二人、顔をうつむかせたまま、前を見れなかった。
「……先輩。今も、月宮さんのこと好きですか」
「うん」
片想い歴は六年を超えている。
そう簡単に、断ち切れるほど柔な想いじゃない。
「じゃあ、やっぱり私はここでやめる訳にはいきません。先輩の月宮さんへの想いを断ち切ってもらってから、私は正式に先輩のカノジョを志願します。だからそのためにも、先輩には現実を受け止めて貰いたいです!」
「そう、だな。ごめん凛花ちゃん。俺、逃げ癖ついてるみたいだ」
「大丈夫です。私がちゃんと引っ張ってあげますから」
グッと両手を握って、気合いを見せる凛花ちゃん。
と、彼女は腰を上げて高らかに宣言した。
「そうと決まれば、明日も追跡調査です。先輩!」
「あ、待って。明日は無理」
「ちょ、ど、どういうことですか。この展開で拒否されるんですか私!?」
「ち、違くて! 明日はバイトがあるんだよ。ほら、俺の家、和菓子売ってるだろ。一人暮らしの条件に、毎週最低二回はバイトすることになってるんだ」
やる気を見せる凛花ちゃんの出鼻を挫く俺。
涙目になって、俺にすり寄ってきた。
俺は慌てて弁解を始める。特に、集客の多い日曜日はマストでバイトをさせられている。
「アルバイト……そう、それですよ先輩!」
「は?」
「先輩のアルバイトの日って、月宮さんは知ってますか」
「知ってるけど」
シフトを聞かれるし、なんなら短期的に愛里がバイトをすることもある。
凛花ちゃんはキランと目を輝かせると、探偵ばりに推理を始めた。
「もしかして先輩。この前の日曜日ってアルバイト早く終わりました?」
「ああ、大量に買ってくれるお客さんがいてさ。売れる商品もなくなったから、早めに店じまいした、けど」
「基本的にアルバイトが早く終わる日って稀ですか」
「ああ。それに、バイトが終わっても、近況報告やらで時間取られることもしばしばあるし」
「もう確定じゃないですか。先輩がバイトしている時間、そのときにヤツらは浮気を働いているんです」
凛花ちゃんの推測は、筋は通っている。
「じゃあだとしたら、明日は証拠を押さえるチャンスってことか?」
「ですです。任せてください先輩。明日は必ず浮気現場を写真に収めてきますから」
「待って。それなら俺も行くよ」
「でも先輩にはアルバイトが」
「それは平気。結局、母さんが心配性働かせて俺の顔見たがってるだけだからさ。別の日に振り替えてもらうよ」
「なるほどです」
そして、時間は流れ明日を迎えた。
放課後。
「トシ君。今日、バイトの日だったよね。一緒に帰ろ」
「ああ。帰ろっか」
俺は愛里と一緒に帰宅をする。
今日のバイトは無しにしてもらった。だが、その事実は隠す。
さて、今度こそ浮気の証拠を確保しよう。
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