恋するバイト君
「お兄ちゃん!生ちょうだい!生!」
「あ、ハイボールも二つ追加で!」
「はい!畏まりました!直ぐお持ちします!」
ツアー客で賑わうレストラン会場。バスツアーが五本も入れば、レストランも熱気がすごい。あちこちで始まる酒盛りに間に合うよう、お客様にぶつからないように走らないで急ぐ。これが中々難しい。
やっとたどり着いたサーバー付近で、またしても声をかけられてしまう。
「お兄さん!こっちに
「あ、お
「はい
イラッとするところを見せないように、貼り付けた笑顔で対応する。裏から配膳に出てきたあの子には、バッチリ見られてしまったが。
「熱燗二つとお猪口三つ、六番テーブルね?」
「お願いしていい?俺、奥に生とハイボール作って持ってくから」
「了解。じゃ、いってきま〜す」
ビールジョッキとグラスを用意する俺の横に、何食わない顔で近寄る。笑うのを
レストラン会場の
明日はシフト入ってないし、授業が午後からだから風呂入って行こうかな・・・・・・。そんな事を考えながら後片付けをし、着替えて直ぐに浴場へ向かった。
ここの宿は珍しく、バイトも使ってもなんとも言われないから、バイト帰りによく浸かって行く。一人暮らしの学生にはありがたい・・・・・・晩飯もついてるし。
服を脱いで籠に入れた後、鞄から手拭いを取り出して洗い場へつながる扉を開けた。
「はぁー・・・・・・。どうしようかな・・・・・・」
浸かったお湯が心地よくて、思わず心の声が漏れた自分に驚いた。どうするもこうするも、ただのバイト仲間なだけ。それ以上でもそれ以下でもない・・・・・・学校も違うし。俺みたいに、晩飯風呂付きで選んだわけではない。彼女はただただ将来のため。そんな話を晩飯がてら、たわいもない話のお供に聞いた。ただそれだけの関係。
「(一歩・・・・・・踏み出したいけど、今はバイト一筋な進藤さんが応えてくれるかは別・・・・・・か。)はぁー」
肩と共に思考まで沈んでいきそうになり、気分を変えようと打たせ湯へ向かった。頭から被って、思考を切り替えるのには丁度いい。
恋をすると周りが見えないというけれど、俺の場合は周りよりも自分が見えない。せめて彼女に伝える前に、自分の将来だけでも考えておきたい。
色んな方向へ考えが飛び散りそうになったのを汗と共に洗い流し、上り湯をしてから風呂を出た。あまり遅くなると、暗すぎて道が見えないのが田舎の特徴。もしかしたら、何か動物が飛び出してくるかもしれない。
荷物をまとめ、暖簾をくぐったところで肩が跳ねた・・・・・・まさか彼女が目の前にいるとは思わない。
「わぁ!びっくりした〜。お疲れ様!佐藤君、今から帰るの?」
「ぉ、おお。自販でコーヒー買ったら帰ろうかと・・・・・・。進藤さんも?」
「うん。もうすぐ終バスだから、ちょっと急ぎめだけどね〜」
終バスって後五分なんだけど、急いでそうにはないんだが・・・・・・そんな彼女も可愛いと思ってしまう俺は、やっぱり重症なのかもしれない。
あ!といい事を思いついたような顔をする進藤さんは、俺に向かって爆弾を投げた。
「ねえ!佐藤君って車だったよね?同じ方向だし、乗せてくれない?」
やばい、俺今日風呂でのぼせたんじゃないかな・・・・・・こんなに都合のいい事、ある??
ただ目を見開くだけで固まる俺に、苦笑いしながらやっぱりダメだよね〜なんて言い出し、じゃあねと帰ろうとする彼女。
思わず、腕を掴んでしまった。
「あ、いや、その・・・・・・送って行くよ・・・・・・」
「・・・・・・うん、ありがとう」
なんとも言えない空気が、浴場前に漂っていた。エレベーターから降りてきた浴衣を着た人たちに、「あら」とか「おやおや」とか「青春だね〜」なんて言われてニヤニヤされてしまう。
居たたまれなくなった俺たちは、とりあえず車へと足を伸ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます