恋するバイト君

「お兄ちゃん!生ちょうだい!生!」

「あ、ハイボールも二つ追加で!」

「はい!畏まりました!直ぐお持ちします!」



 ツアー客で賑わうレストラン会場。バスツアーが五本も入れば、レストランも熱気がすごい。あちこちで始まる酒盛りに間に合うよう、お客様にぶつからないように走らないで急ぐ。これが中々難しい。


 やっとたどり着いたサーバー付近で、またしても声をかけられてしまう。



「お兄さん!こっちに熱燗あつかん二つちょうだい!」

「あ、お猪口ちょこは三つで!」

「はい只今ただいま!」



 イラッとするところを見せないように、貼り付けた笑顔で対応する。裏から配膳に出てきたあの子には、バッチリ見られてしまったが。



「熱燗二つとお猪口三つ、六番テーブルね?」

「お願いしていい?俺、奥に生とハイボール作って持ってくから」

「了解。じゃ、いってきま〜す」



 ビールジョッキとグラスを用意する俺の横に、何食わない顔で近寄る。笑うのをこらえながら、こそっとフォローに入ってくれた進藤さん。片想いの俺からすると、この距離での伝達は心臓が持たない。笑顔で厨房に熱燗を取りに行く彼女に見惚みほれたせいで忘れかけてたお酒を急いで作りながら、顔の赤みが早く収まるよう願った。




 レストラン会場の喧騒けんそうが収まったのは、めずらしく終了時間三十分前。いつもなら十分二十分遅く終わるのに、今日は一気に入ったため早かった。おかげで、大忙しだったが。


 明日はシフト入ってないし、授業が午後からだから風呂入って行こうかな・・・・・・。そんな事を考えながら後片付けをし、着替えて直ぐに浴場へ向かった。


 ここの宿は珍しく、バイトも使ってもなんとも言われないから、バイト帰りによく浸かって行く。一人暮らしの学生にはありがたい・・・・・・晩飯もついてるし。


 服を脱いで籠に入れた後、鞄から手拭いを取り出して洗い場へつながる扉を開けた。



「はぁー・・・・・・。どうしようかな・・・・・・」



 浸かったお湯が心地よくて、思わず心の声が漏れた自分に驚いた。どうするもこうするも、ただのバイト仲間なだけ。それ以上でもそれ以下でもない・・・・・・学校も違うし。俺みたいに、晩飯風呂付きで選んだわけではない。彼女はただただ将来のため。そんな話を晩飯がてら、たわいもない話のお供に聞いた。ただそれだけの関係。



「(一歩・・・・・・踏み出したいけど、今はバイト一筋な進藤さんが応えてくれるかは別・・・・・・か。)はぁー」



 肩と共に思考まで沈んでいきそうになり、気分を変えようと打たせ湯へ向かった。頭から被って、思考を切り替えるのには丁度いい。


 恋をすると周りが見えないというけれど、俺の場合は周りよりも自分が見えない。せめて彼女に伝える前に、自分の将来だけでも考えておきたい。


 色んな方向へ考えが飛び散りそうになったのを汗と共に洗い流し、上り湯をしてから風呂を出た。あまり遅くなると、暗すぎて道が見えないのが田舎の特徴。もしかしたら、何か動物が飛び出してくるかもしれない。


 荷物をまとめ、暖簾をくぐったところで肩が跳ねた・・・・・・まさか彼女が目の前にいるとは思わない。



「わぁ!びっくりした〜。お疲れ様!佐藤君、今から帰るの?」

「ぉ、おお。自販でコーヒー買ったら帰ろうかと・・・・・・。進藤さんも?」

「うん。もうすぐ終バスだから、ちょっと急ぎめだけどね〜」



 終バスって後五分なんだけど、急いでそうにはないんだが・・・・・・そんな彼女も可愛いと思ってしまう俺は、やっぱり重症なのかもしれない。


 あ!といい事を思いついたような顔をする進藤さんは、俺に向かって爆弾を投げた。



「ねえ!佐藤君って車だったよね?同じ方向だし、乗せてくれない?」



 やばい、俺今日風呂でのぼせたんじゃないかな・・・・・・こんなに都合のいい事、ある??


 ただ目を見開くだけで固まる俺に、苦笑いしながらやっぱりダメだよね〜なんて言い出し、じゃあねと帰ろうとする彼女。


 思わず、腕を掴んでしまった。



「あ、いや、その・・・・・・送って行くよ・・・・・・」

「・・・・・・うん、ありがとう」



 なんとも言えない空気が、浴場前に漂っていた。エレベーターから降りてきた浴衣を着た人たちに、「あら」とか「おやおや」とか「青春だね〜」なんて言われてニヤニヤされてしまう。




 居たたまれなくなった俺たちは、とりあえず車へと足を伸ばした。

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