第2章 16話

 「先生、助けてください」と確かに言った、あのくるくるの髪の少年が、ジェードの脇腹をナイフで刺している。


 もう、声が出なかった。


 くるくる髪の少年が、まさにその自分の、くるくる髪を掴んで、放り投げる。

 その下から、真っ白なおかっぱが現れた。


 「六花美織と言うのは、私よ」

 

 どういうことだ、と遠くからクンツァイトの声が聞こえる。


 これが、「ダイヤモンド」が五人だった理由。

 くるくる髪の少年、なんて初めからいなかったのだ。

 六花美織の演技、仮の姿であった。

 性別と特徴的な白髪を変え、筆跡を変えてしまえば、別の人間を演じるのは容易い。元々、モデルのいない人を新たに作り出したのなら、なおさらだ。比較対象はないのだから。


「どうでもいい。消せ。あれが死んでから考えろ」


 ウヴァロヴァイトがルチルに命じ、同時に自分でも武器を構える。

 すると、六花美織が首を横に振った。


「みっともない」


 ウヴァロヴァイトもルチルも、動きを止める。余りに冷静すぎて、まるで幽霊を相手にしているような気がしたからだ。

 

「私はこの物語を完璧な状態で終わらせることを考えている。登場人物がただ死ぬだけの話なんて全く面白くないでしょう。生き物が死ぬなんて珍しいことじゃないのだから」


 よろしいこと? と、ウヴァロヴァイトを振り返った六花美織の目は、完全に、ウヴァロヴァイトより長く生きている人間の達観したそれだった。

 

「この世界に完璧なものなんてないの。その最たるは人間、人間は幼いころは自分で食事も排泄も出来ず、年を取れば体形が崩れ、完璧ではない。愛情もいつか冷める、友情だって、友達は自分を嫌ってはいない、長い付き合いがあるから大切だ、と思い込みたいだけ。私が指一本触れたら直ぐ壊れたわ。この学園でもそうだった。友達と自分と何方が死ぬか、選ばせれば結局皆選ぶのは自分。何方を選んでも完璧ではないけれど、命に代えても誰かを守るものじゃない、それは当然のことだから良いのだけど、私は完璧なものが欲しいの、絶対的に価値が不変の、誰にとっても完璧なもの……だから作ろうと思った。たったそれだけのこと、なのよ。その何がいけなくて?」


 六花美織は自分のカーキ色のスカートのポケットから拳銃を出す。


「そうして、私が此処で自ら死ぬことに依って、この物語は完成する」

 

 にっこり笑顔で、こめかみに銃口を当て、引き金を引いた。

 

 こうして、この美しい物語は終わりである。

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アルマンディンは死んだ。そして、【完結】 るあ @tsukiten

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