第2章 13話

 ウヴァロヴァイトは、校長室で、ジェードから少年の日記を受け取った。

 全てのページに目を通す。


「ダイヤモンドか……」


「ダイヤモンドというのは何かの示唆なのでしょうか?」


「ダイヤモンドなんて馬鹿にしやがって。死にぞこないの餓鬼どものくせに」


 日記を放り出したのち、大きく伸びをして――そこで突然、がばっと前のめりになった。

 思わずジェードが飛びのくくらいの勢いのいい前のめりだった。


「ダイヤモンド……冬のダイヤモンド……いや、それは違う、人数が……」


「な……何をぶつぶつおっしゃってるんですか……」


「ルチル!」


 ウヴァロヴァイトは手を叩く。鬼さんこちら、と呼ぶように。


「ルチル、何をしているんだ。ホワイトボードを持って来なさい」


 ややあって、ルチルが入院中だと思いだしたウヴァロヴァイトは、少々照れくさそうであった。

 さて、そのホワイトボードを別の部下たちに運んで来させると、軽そうな眼鏡を持ち上げて、ペンの蓋を開けた。きゅぽっと音がする。

 こうして見ると教師に見えなくはないな、と、ジェードは思った。と言うか、ウヴァロヴァイトの先の仕草も、なんとなく狙っているようにも見えたのだが。


「ジェード。お前が、子供たちのバラバラ遺体の下から見つけた文字を言ってみろ」


「はい。一つ目の死体が『R』『e』『g』『e』『l』、次が『P』『o』『l』『l』『u』『x』、三つ目が『C』『a』『p』『e』『l』『l』『a』です」


 ジェードはポケットから手帳を取り出し、メモしてあったアルファベットを良く見直して、再度言い直した。ウヴァロヴァイトは深く頷きながら聞いている。


「良いか、ジェード。それらは全て星の名前だ」


「星の名前?」


「この少年の日記に書かれていた、六花美織が仲間とのチーム名に付けたという『ダイヤモンド』というのは、ダイヤモンドと言っても宝石では無く……『冬のダイヤモンド』のことだろう」


 ウヴァロヴァイトはホワイトボードに点を六つ打ち、それらを線でつないだ。


 ジェードはポケットから手帳を取り出し、メモしてあったアルファベットを良く見直して、再度言い直した。ウヴァロヴァイトは深く頷きながら聞いている。


「良いか、ジェード。それらは全て星の名前だ」


「星の名前?」


「この少年の日記に書かれていた、六花美織が仲間とのチーム名に付けたという『ダイヤモンド』というのは、ダイヤモンドと言っても宝石では無く……『冬のダイヤモンド』のことだろう」


 ウヴァロヴァイトはホワイトボードに点を六つ打ち、それらを線でつないだ。



 それからウヴァロヴァイトは、ホワイトボードに打った六つの点の横に、文字を書き添えていった。


 ・カペラ

 ・アルデバラン

 ・リゲル

 ・シリウス

 ・プロキオン

 ・ポルックス

 ・ベテルギウス


「星の位置と、バラバラ死体の位置を重ねれば、各々書かれた名前の星の位置と合致するはずだ」


「ほら、やはり、子供たちの座席に意味があったのである!」


 ジェードの鼻先五ミリのところに、クンツァイトがにゅっと顔を出した。意外と細かい男だ。


「お言葉ですが、子供たちは五人組です。うち一人が六花美織とすると、五人はもとより殺せません。ダイヤモンドは完成しえない。ああ言う発想の飛んでるおかしい人間は、些末なことにこだわるものでは?」


 クンツァイトと同じように、支配者たる六花美織だって、いちいち細かくこだわりを持っているはずだ。ダイヤモンドを完成したいに違いない。それは、おかしい人間と付き合ってきたジェードにとっては分かりきったことだった。


「それこそが、六花美織のミスリードかもしれない。例えば、ハイエナはチータに追われるとジグザグに走って距離を稼ぐのと同じように……」


「子供たちは六人いないとダイヤモンドは完成しない。六つ目の死体が出るかも、と我々に警戒させておいて、時間を稼いでいる間に逃げ果せようと言う魂胆であるな。下賤な民の抱きそうな発想である」


「そんなこと、させる前に始末してしまえば良いんだ」


 ウヴァロヴァイトは、手近なスイーツにナイフを垂直に突き刺した。


「六花美織のその作戦は、少なくとも我々が在庫たる子供たちを大事にする、という前提になりたっている。とっとと在庫を処分してしまえば鼻を明かしてやれるし、彼女がどんなに変装していようと、全員を始末して行く間に、六花美織にも当たるだろう」


「そうですね。俺も全力を尽くします」


と、答えつつも、ジェードの頭には、あの自分を頼って来た少年の顔が一瞬浮かんでしまったのだった。


 ウヴァロヴァイトはホワイトボードに「文化祭」と記載した。


「勿論、ジェード、お前の意見も通したぞ」


「俺の意見?」


「お前は言っただろ。一方的な殺りくは駄目だ、己のルールに反する、と」


 そう言えば、ルチルが子供たちに怪我を負わされたと言った時点で、ウヴァロヴァイトから、この学校の子供を一掃すると言われていた。其処で、ジェードは、一方的にあまりに多くの人間を始末するのは、ルールに反すると確かに言った。


「故に、子供たちにも反撃のチャンスをやる」


「それが、文化祭ですか?」


「実際に文化祭が始まる直前には伝えるさ。一先ずは教師らしく、文化祭の支度の手引きをしてやってくれ」


そのウヴァロヴァイトの言葉に、ジェードは文化祭と言う人生初めての行事に、しかもこの後間もなく死ぬことが確定した子供たちと、臨むことになったのだった。


 翌日、ジェードはベニヤにペンキを塗っていた。虹色に塗り上げるつもりだ。

 ウヴァロヴァイトは生徒に言うことを聞かせろと言うけれど、子供たちは怯えるばかりで近づいても来ない。命じればペンキを勿論塗るけれど、手が震えているのか塗りムラが激しくて困る。結局、自分で塗るのが一番早かった。

 そこに駆け寄って来る少年がいた。あの、六花美織を倒してくれと言う少年だった。


「先生。先生、どうでしたか。どうなりましたか。美織ちゃんの件は……」


「昨日の今日で、どうにかなるわけないだろ」


「先生しか、頼れる人がいないんです。お願いします。お願いします」


 何度も頭を下げられると困ってしまう。


「俺は人を助けるヒーローじゃ無い」


「それでも、先生は、僕の話を聞いてくれました。美織ちゃんを、何とかしてくれるなら、先生は救世主です」


 少年は、何度も何度も、壊れたおもちゃのように頭を下げて、先生、よろしくお願いしますと繰り返すばかりだった。

 嘗て、死んだ幼い兄弟たちは、ジェードに対し彼と同じような瞳を向けていた。何もかも、兄が助けてくれると思っていた。

 そう言う目が本当に嫌いだった。

 そんなヒーローが存在するとしたら二次元の幻の中だけだろう。

 ジェードは、彼の後ろに見える自分の幼い兄弟たちの姿を振り切ろうと、首を横に振って、ペンキ塗りの作業を続けた。

 しかし其処で、悲鳴を聞いて振り返る。

 何と、今まさに、子供に向かってベニヤが倒れ掛かっているではないか。

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