第28話
「僕らは友人になれる筈なんだ。そうした方が絶対良い。皆それを望んでる筈じゃ無いか!」
チャロアイトは銀色のスイッチを持った手を大きく広げ、朗々と述べた。
「このマンションだって、僕等の束の間の休息のために作られた……それって凄いことだよ。皆、本当は協力できるってことだよ。毎日皆が笑顔で暮らせるように、皆で手を取ろう?」
「チャロアイト……」
ジェードの喉から自分にも聴こえないくらいの声が漏れていた。
そんな風に考えたことなどなかった。ただの仕事である。
「世界の人々が友人になれないのなら、その原因を作っている人たちがいる……その人たちは人間社会のガンだよ。したくないけど、始末するしかない。僕がやるよ。その罪科は僕が背負う」
「やめろ」
ウヴァロヴァイトが右手を挙げる。
「ライオンは群れの仲間を大切にする。勿論、先に宣言しておいたとおり、チャロアイト……おまえも、ジェードと組んで捜査をしている間に限っては、私の群れの一員だ。余計な真似はしない」
「だけど、あなたは恐らく、僕の友人を殺したでしょう? 此処に倒れてる人たちだ。見てただけだとしても、それは見殺しって言ってね、同罪なんだよ。目の前で殺されそうな人を助けないのは、殺したのと一緒なんだ」
「此処で今は息をしなくなっている奴らも同じく、このマンションに住む限りは仲間だった。しかし、ライオンとて、仲間のライオンを殺すことは有り得る」
其処にルチルがプリンを運んでくる。テーブルにそれが置かれると、其処にあった杏仁豆腐やパンケーキやらを脇へ避け、ウヴァロヴァイトは早速、プリンにスプーンを突き立てた。
そうしながら、眉を下げ、熱心に説得するという風に、話をゆっくりと紡ぐ。
「ライオンがライオンを殺すのは、その物の挙動が可笑しい時だ。まぁ、ライオンにとっての挙動の可笑しさの原因は、病気に感染している故と言うのが殆どだが……殺してしまわなければ、群れ全体に被害が及ぶ。群れの平和のために、泣く泣く始末するんだ」
「僕たちは人間だよ! 彼らには彼らの生きる望みがあった!」
チャロアイトが叫ぶと、ウヴァロヴァイトは言葉を控えた。その後即座にプリンを口に運んだので、食べたかっただけかもしれないが。
「僕たちは人間なんだ。あなたは人を殺すのに動機はないと言ったじゃないか。あなたは、ただ動機もなく、人を殺した人間なんでしょ」
「……そうかもしれないな」
ウヴァロヴァイトはぺろりと、自分の唇についたカラメルを舐めた。
「――だが、だからどうした?」
今度はチャロアイトが静止する番だった。先の眉を下げていた姿とは対照的に、開き直ったように、どんどんとウヴァロヴァイトがウヴァロヴァイトらしさを取り戻していく様に、圧倒されているようだ。
「正当防衛だって、心中だって、耳触りのいい名前を付けただけで、所詮相手を正当な手段で納得させる方策が思いつかず、手を出した臆病な小物の虫けらの言い訳。動機なんて関係ない。殺人は殺人だ。クズの所業だ。故に私と、此処に倒れてる馬鹿どもの立場は一緒。生きたかったなら、私を倒せば良かったんだ。生きるために強くならなければならないのは、ライオンの掟だろう」
おまえだって、と、ウヴァロヴァイトはスプーンでチャロアイトを指す。
「チャロアイト、おまえだってな、世のため人のためと言っているが、おまえに命を奪われたやつらにも人生があったんだ。がん細胞になる過程があったんだ。私は、そんなの如何だって良い、聞く耳を持つ価値はないと思うけどな、人のためというのならば、そう言う奴等も救ってやれば良い。誰かをいじめたからって始末してしまうほどのことじゃないじゃないか。反省したかもしれないじゃないか。おまえがその手段を講じず、仲直りする手段を奪ったのかもしれないじゃないか。おまえは、無関係な人間なのに」
スプーンと、チャロアイトの肩が、上下に揺れる。
「チャロアイト、おまえってやつはな、誰かのためにと銘打って、自分を正当化し、ただ、人を殺したいだけだ。いっそ、さぁ、言ってしまえよ。人を木っ端みじんにしたらすっきりするから、そうしたって。その方がずっとおまえらしい。ぺらっぺらの薄い美辞麗句を並べられるとプリンが不味くなる」
「なんて人だ……なんて酷い人なんだ。君みたいな人に、友人に尽くして来た僕の気持ちの何が……」
チャロアイトは顔を両手で覆い、それからその手を離すと、地団太でも踏むような動きを見せ、怒鳴り散らした。
「何が分かるって言うんだよ!」
「落ち着け。チャロアイト」
ウヴァロヴァイトは首を緩く左右に振る。
「私にとっては、実際にはおまえがどんな性格だろうが、嘘を吐こうが何だろうが、私に害がなければ良いんだ。賢いおまえなら分かるだろう? 交渉しよう」
「交渉だって……?」
「ああ。チャロアイト、おまえは、アルマンディンの死について、或いは、ここのところの、懇親だとか、我々の同業者の間で起きている奇妙なムーブメントについて、私が思うに何か情報を握っている。そうだろう? だから、それを私に渡せ。そうすれば、此処は生かしてやる。それに、捜査の時間を延長してやっても良いぞ」
ジェイドは、はっとなって体を少し前のめりにした。
「彼の好意に乗ろう。俺の為でもある。チャロアイト、おまえは俺の友達……だろう?」
だが、どうやら議論をする余地はないと思ったか、スイッチを押そうとするチャロアイト。ジェイドは頭を抱えた。だが、チャロアイトの手を、真珠が後ろから掴んだ。
「待って。いったいどうしたって言うの、チャロちゃん。ねぇ……嫌だよ、お願い、やめて、君はそんな人じゃないよね……いつだって僕の話を聞いてくれたのは君だけじゃないか」
しかし、チャロアイトは、悪人は排除すべきの一点張りでひたすら喚いており、スイッチを離そうとしない。
「違う! こんなのは友達じゃない! 僕の思う友達は何処にもいない!」
それを押さえていた真珠の瞳孔が、段々と興奮で開いて来るのが、ジェードにも分かった。
「そのスイッチが押されたら……僕の家族が……僕の大事な家族が殺されちゃう……」
このマンションには真珠が買い上げた子供がおり、彼はそれを家族と呼ぶ。
自分で閉じ込めて骨と皮だけになった家族の新しい身体と呼ぶ。
それが死んでしまう。
大事な友人であるチャロアイトではあるが――
真珠は刀の柄に、激しく震える手を掛けた。
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