第24話
クンツァイトがまた前のめりになって訊いて来る。
「なぁ、犯人が分かったのなら教えたまえよ。何か情報があったのなら、それはそれで聞かせたまえ」
群れが違う奴にそんなこと教えるものかと思って、ウヴァロヴァイトは首を左右に揺する。
代わりに、問いかけに問いかけで答えることにした。
「どうしてそんなにアルマンディンの死に興味を持つんだ」
「そう言う訳ではないが……興味を持っているのはおまえに対してさ」
サーベルの先端がウヴァロヴァイトの顔を向く。
「私?」
「このクンツァイトは法である。困った人間がいれば、それを困らせた人間を取り締まる権限と義務がある」
眉に唾を付ける仕草をしてやり過ごした。
「余計な気遣いはいらないから余計なことだけしないでくれ。私は私の群れを守る権限と義務を必ず行使する」
「ねぇ……そんなどうでもいいことは兎も角」
手をぱん、と叩いたのはオパールだ。
「私がアルマンディンさんにお貸ししたお金は何時返って来ますの?」
腹立たしい女だ、と思う。実際には金など貸していないのだろう。死人に口ナシ――言ったもの勝ちだ。
ウヴァロヴァイトは話しを変えんと、真珠の手首をスプーンで指した。
「その金の腕輪には目もくれないんだな。チャロアイトに媚びを売れば貰える。見たところ本当の金だ。売り飛ばせば金になるだろう。オパール、おまえなら涎を垂らして飛び付くと思ったがな」
「真珠さんがなさっているような金の腕輪なら、既に頂きましたわ」
オパールは両頬を挟むように手をやって笑う。
「とっくに売ってしまいましたけれど……ね」
矢張りな、とウヴァロヴァイトは溜息を吐く。思い切り吐く。この世の全員に聴こえるくらいに。
それこそどうでもいいことだ、今考えるべき話では無い、と一旦、オパールの小言を頭から追いやる。どう転んでもオパールは金を借りたと言い張るだろうし、どう転んでもそう言うのなら、最終的には消してしまうしかないだろう。だから、今考えるべき話では無い。
考えるべきなのは、折角見付けた、アルマンディンの死に伴う推理のとっかかり――アルマンディンの部屋に予め、監視カメラが消える前の頃から潜んでいたという前提の、その先だ。
犯人はずっと隠れていたとすると、ペットや子供がいるものは容疑者から外してもいいかもしれない。どのような隠れ方をしていたかは別として。そんなの小学生みたいな推理だろうか。しかしもうこれくらいしかとっかかりが無いのも事実。
ルチルに問うたところで、答えが返って来る筈は無いのだから。
「ウヴァロヴァイト様。このマンションの監視カメラの保存期間について調べました」
長い黒髪を一つに束ねている女性の部下が隣にサッとやって来て、胸に手を当てながら耳打ちして来た。
「最大で二日間で自動的に消去されます」
「二日間――」
ウヴァロヴァイトは、その女性の部下に追加の杏仁豆腐を注文した。彼女が走って行くのを横目で見送りながら、考える。
二日間なら、充分、アルマンディンの部屋に潜んでいられるのではないだろうか。
アルマンディンの友人であれば、難易度は更に格段に下がる。普通に玄関から入っていって、食事を出してもらうことも不可能では無いだろう。或いは、アルマンディンを消すために敢えて友達になった、とすら考えられる。
そこまで凝ったことをして、積極的にアルマンディンを始末したい動機については全く分からない。だが、できるか、できないかで言えば、できる。
こうなればもう、怪しい奴等を全員集めて――ウヴァロヴァイトは端末を持って来させ、ジェードに電話を掛けた。
ウヴァロヴァイトが杏仁豆腐を注文していた頃、ジェードとチャロアイト、ルチルは、アルマンディンが死んだ部屋に戻り、調査を行っていた。
ルチルがやったことなら、ルチルがやった証拠を、ちゃんと出さなければならないし、他の容疑者を見付けるにせよ、此処に戻るのが一番と思ったからだ。現場百遍なんて、この世で最も敵対する存在である刑事のモットーみたいなのを思い出す自分が嫌だったが。
しかし、自分が疑われているのは耳に入っているし肌でも感じているであろう、この女、ルチルが、何時も通りと言う風で、口も開かなければ本当に表情筋をコンマ一ミリも動かさないのは、相当、尋常でないと言わざるを得なかった。通常、人間なら、動揺する筈だ。少なからず。感情が無くても、脳味噌がそうさせる筈だ。脳味噌が無いのか? もういっそ、アンドロイドなら面白い。アルマンディンをやったのは自分だとラーニングさせたい。
「アルマンディンは何かを調べていたようだな」
ジェードは本棚から黒いファイルを取り出した。
そのファイルには、あの豪快な男からは想像も出来ないほど、丁寧に新聞記事が挟まれていた。紙片のサイズは大小さまざまで、皆、最近のバラバラ殺人を報じた記事だった。
そう言えば、バラバラ殺人について、ウヴァロヴァイトが語っていた。アルマンディンはこれを調べていたから、始末されたと見ても良いだろう。
この世界ではよくあることだ。賢すぎる、知り過ぎる人間は長生きしない。故に、敢えて愚かしい振りをする者すらいる。逆に、そう言う小賢しい演技をするものがいることを踏まえて、ジェードのような人間は人を見るので、効果がある演技なのかは別の話だが。
「ねぇねぇ、ジェード」
考え込んでいるところに、チャロアイトがにゅっと、顔を覗き込んで来た。
「うおぉ。な、何だよ。急に」
「あのね、僕、ずっとジェードの友達だから。僕はジェードの味方だからね」
何を伝えたいのか、真意は何なのか、さっぱり分からない主張だった。だが、あまりに柴犬みたいな可愛い顔で言われ、邪険に突き飛ばしたりは出来なかった。
「馬鹿やろう、今必要なのは味方じゃ無くて犯人だろ」
精一杯、正論を翳したところで、何だかツンデレみたいになってしまったが、電話が入って其処で話が途切れた。
ウヴァロヴァイトからの電話だった。出ない訳にはいかない。
「――……ジェードか。逃げてはいないようだな。逃げた方が先が恐ろしいことは分かっているようだ。進捗は如何なってる? ベロニカが腹を空かせておまえをお待ちかねだが」
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