第18話
諸々を知っているウヴァロヴァイトが、これは面倒な展開になるぞ、と目を三角にしてクンツァイトを見て、クンツァイトがそれを察し、あっ、と口を覆った時には、もうとうに手遅れだった。
「僕の家はね、うんと田舎だったんだ。長閑な田園風景の中で、僕はのびのび育った。家族は僕のことを良く褒めてくれた」
「確かにお前は顔の造作も良いし、素直そうだからな」
クンツァイトは適当な相槌を打つことに終始する。
「僕は大好きな家族が僕より先にいなくなるのが嫌で、心配だったんだ。家から出られなくなった……例えば僕が出掛けてる間に、皆に何かがあったから困るから……でも、それじゃ生きて行けないって言うから。発想を変えた」
「発想を?」
「逆だったんだ。皆が絶対に家から出られなければ、僕は心配じゃ無い。だから、僕はね……皆が家から絶対に出られないように、工夫したんだ。詳しくは、言えないけどね。今も、皆、皆実家の中にいるよ。一歩も出ていない。出て行ける筈が無い……最初は出たがってたけど……そのうち、動かなくなって、静かになったから」
真珠は、ぱっと手を広げて、きゃいきゃいと一人、笑った。
「因みに、お前のひいおじいさんとやらは、何歳なのだ?」
「うーん……今年で、確か、百五十二歳だね。僕の家系は、結婚が遅いから、もっと年配かもしれない。今度、ひいおじいさんに、訊いておくよ」
其処でクンツァイトは口を鎖した。全てを悟った顔だった。
「でも、動かないのは一寸寂しいな」
「動く家族の新しい身体は、もう私が売ってやっただろう」
ウヴァロヴァイトが、フレーズ・ア・ラ・シャンティーのクリームをたっぷり掬って、そのスプーンを真珠の口元へ突き出してやると、
「そうだね、そのとおりだ。僕は新しい動く家族の身体にとても満足している」
と、真珠は蕩けそうな顔を見せながら、スプーンに食いついた。
ウヴァロヴァイトは、昔、真珠に何千万円かで一人、碌に知りもしない女の子を手渡したことをぼんやりと思い出す。真珠は、その子を弟であるとか、母であるとか、日によりけりだが、色々な名前で呼ぶ。真珠は、その子を、動く家族と考えている。要するに、コンピューターのCPUは実家にあり、そこから家族の意志で遠隔で動いているロボットが、その子と言う解釈だろうか。
いや、真珠の解釈なんて分からないし、分かりたくもないのだけれど。
何時か、その子供も、閉じ込められたままで一生を終えるのかもしれない。そして、また、新しい動く身体を求めて、真珠はウヴァロヴァイトを訪ねるだろう。上得意様だ。顧客は大切にしなければならない。
「兎に角、これで僕の大事な家族は、一生僕と一緒だ」
真珠は立ち上がって、るんるんと回転した。オパールが一言だけ、
「キモい」
と吐き捨てたのだが、聞こえていないと良いな、とウヴァロヴァイトは願うのだった。
「今度はチャロアイトを、同じようにしようと思うんだ。チャロアイトは撮っても良い人で、僕達仲良しさんだから。でも、チャロアイトは、何だか僕と違って凄い人だから……狙われやすいと思うんだ。何時か誰かにやられたら困るから」
真珠は細い自分を細い腕で抱き締めた。
「きっと、父さん母さんと同じ部屋が気に入ってくれると思うんだ……」
クンツァイトが何か言いたげに形の良い唇を歪めたが、其処に電話が鳴った。クンツァイトの携帯電話らしい。彼はポケットからピンクのラメで飾られたスマートフォンを取り出し、通話を始める。
如何やら、それは来月行われる予定だった、ウヴァロヴァイトたちのような仕事のものが集まるイベント関係の電話のようだ。そのイベントは、要は懇親会みたいな内容で、私達みたいなものに懇親なんて、ちゃんちゃら可笑しいなぁと思い、ウヴァロヴァイトは招待状を一蹴した。縄張りから遠かったし。どんな罠があるか分かったもんじゃ無い。
しかし、このクンツァイトは、行く予定だったらしい。
「えっ。何と。中止であるか。何ゆえ。楽しみにしていたのに」
しかもそれは、中止の連絡だったようだ。
丁度、まさにその時、チャロアイトの携帯電話も鳴り響いていた。場所はアルマンディンの私室。ジェードとルチル、チャロアイトで再捜査を行っていた最中である。
クンツァイトの携帯電話を鳴らした用件と同じ、例のイベント、その中止の連絡である。因みにジェードは、そんなイベント自体、ちゃんちゃら可笑しいと思っていたので、矢張り不参加だった。そのため、どうやらチャロアイトが主催の手伝いをしているらしいことを、隣で通話している声から察し、呆気に取られてしまったところである。お人よしと言うか、お人よしな奴なんてこのマンションにはいないが、兎に角、これぞ偽善者と言うべき、最早見上げた人間であると感じた。
「えっ……!? イベントで使うはずだった特注の着ぐるみがなくなった? だから中止……そうか。いったい誰が盗んだんだろう」
「着ぐるみ、ねぇ」
呑気で良いなぁ、と思う。俺達はもう直ぐ、ウヴァロヴァイトに始末されるかもしれないのに。
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