第16話
ウヴァロヴァイトは歯軋りし、思い切り撃ってやろうかと懐の拳銃に手を伸ばした。しかし、ここでクンツァイトを始末しても得られる利点がなくなるだけだ。しかも、
「ウヴァロヴァイト、おまえが途中で話しだしたから、もう食べ残したのかと思ったのだよ」
などと宣う彼の顔は、余りに眉を下げて本当に困っているように見え、口にクリームもついていたし、何となく面白かったからやめておいた。
まぁ、消すことはいつでも出来る。
ババ・オ・リュームに獲物を代え、ウヴァロヴァイトはそれを食べ切るまで黙っていることにした。
ラム酒の味は矢張り好きだった。
いざという時、手元が狂うから酒は飲まない、何かの命を奪う時は正気で奪わなければならない、いざという時が何時来るかは分からない。ライオンのように――それが獲物に対する誠意であり、勝つための条件である。しかし、飲まないことがイコールで飲めない、ではない。
「なぁ、時に、ウヴァロヴァイトよ」
食べる途中で話すと残したと判断すると言いながら、クンツァイトは両手で頬杖を突いて、食べる相手に話しかけるのはルール上問題無いのか、話し掛けて来た。なぁ、なぁ、としつこい。盛った猫の鳴き声のようだ。
「ウヴァロヴァイト、おまえは何故、今のような職に就いたのだ?」
ウヴァロヴァイトは、フォークに残ったラム酒を、右から左へ執拗に舐めながら答えた。
「たいした理由なんかない。目障りな人間を始末していたら、この地位にいた」
「ウヴァロヴァイトさんって、学生だった頃とか、想像つかないな」
真珠が静かに口を開く。ウヴァロヴァイトは真珠に、手近な皿から先に舐めたフォークでブロッコリーを刺し、口に入れてやりながら言った。
「そんなわけないだろう。私だって学生だったことはあるからな……私は、平均的な小学校にいた。其処の教員は、私のように椅子から立ち上がれないものは、前例がないとして、門前払いだ。なかなか受け付ける学校がなかった。しかし父の尽力で、やっと入学したのさ」
「ウヴァロヴァイトさんのお父さんはいい人だね……」
「校庭にすら行けず、自由がなかったが、窓が全てステンドグラスで美しく、私は嫌悪する場所ではなかったよ」
真珠は、「嫌いなもの寄越さないで」と不満そうながらもブロッコリーを咀嚼している。クンツァイトが猫目を輝かせた。
「ステンドグラスとはロマンである」
「ああ。だが、皆が、とある教員、仮にAとするが、そいつに虐げられていた」
「それはロマンではないな」
クンツァイトは表情をコロコロ変える。あっという間に膨れっ面になった。
「ロマンじゃないだろう?」
「ウヴァロヴァイトさんも狙われていたの?」
「いや、私は安寧だった。立ち上がらないからか、Aには存在すら認知されていなかったからな。無視と言うより、目に映らなかった」
「暴力以前の問題だな。しかし、それなら、単純に気に入らなかったから始末したのだろう?」
「流石に話が早いな、クンツァイト。まぁ、始末したと言うか……ある時、その校庭の近くの裏山に生えていたキノコを食って近所の婆さんが死んだ。私は椅子に座りっきりだ、校庭に出ることも無かったが、図書室にはよくいたんだ。キノコの本をよく読んでいた。裏山に行けるクラスメイトも当然いて、ある男子は素直なやつでな。私が図鑑の写真を見せると、婆さんが中ったキノコを採ってきてくれたのさ。私はそれを、Aの給食に毎食少しずつ混ぜた。すると、どうだろう。まず、Aの手足が痺れだした」
「キノコって大抵は神経毒だよなぁ」
クンツァイトは感慨深そうに言いながら食べかけのグラタンの中のキノコを除けた。
「Aは日に日に弱っていき、最後の日……私は給食を食べるのが遅く、Aの監視のもと、昼休みに教室で二人きり、居残っていたのだが……その日、とうとう唾液すら飲み込めなくなり、Aは血やら何やら吐き散らしながら、床にのたうち回り始めた」
「それはロマンではないな。不潔だ」
眉間にシワを寄せるクンツァイトと、ウヴァロヴァイトも同じ表情になっていた。
「ああ、最悪だ。人が食事をしているのに吐くなと命じたが吐くもんだから、嫌気が差した」
「神経やられてるんだから仕方ないじゃない。もっと優しくしてあげないと」
一応、Aを庇護するらしい言葉を吐いた真珠も、髪を弄りながら、のんきな口調だった。
「Aはのたうち回りながら、私を見上げ、目に薄っすらと涙を浮かべ、鼻水を垂れ流しながら、呂律の回らない口調で何度も叫んだ。助けてくれ、と」
「汚いな……ロマンの無い死に方だ……悪党には丁度良いだろうが」
「死んだかどうかは知らん。ただ、私が『自分の身体が自分の意志で動かなくなって、あなたが馬鹿にして来た立場の人間に自分がなってみて、どうですか?』と声を掛けると、涙が床に落ち、痙攣もやんで動かなくなった」
「良かったですわね。汚い人間が舞台から退場してくれて」
「静かじゃないと御飯、落ち着いて食べられないもんね」
オパールと真珠は、うんうんと頷いていた。
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