第13話

 このマンションの界隈を取り仕切るウヴァロヴァイトにしても、クンツァイトの姿を目の当たりにするのは初めてだった。

 普段は互いの縄張りに近付かず、刺激しないようにするものだ。それが、強きものと、雄のライオンの掟である。

 少し離れた場所で勢力を持つ他の群れのトップ、クンツァイト。

 そのたたずまいは――


「やぁ! 素敵な酒宴にお招きいただきありがとう! 諸君!」


 クンツァイトはサーベルを掲げて高らかに叫んだ。


「我が名はクンツァイト。選ばれしこの世の救世主である」


「お待ちしておりましたわ、クンツァイトさん」


「ノンノン、レディ」


 オパールの足元にかしずいて、クンツァイトは朗らかな笑みを向けた。


「私のことは王子様と呼んでください」


 流石にこの提案には、


「王子様……」

「王子様?」

「王子と救世主は別物だが?」


 と、皆が頭の上にクエスチョンマークを出さざるを得なかった。

 因みに、今のはオパール、真珠、ウヴァロヴァイトの順の発言である。


「いかにも。私、クンツァイトは世界を救う救世主であり、世界の人々から漏れなく愛されるチャーミングな王子なのである」


「設定を盛りすぎではないだろうか……」


 そう溜め息を溢したウヴァロヴァイトの目には、クンツァイトが「長靴を履いた猫」に映っていた。

 真ん丸くて縁の尖った大きな目、細い顎、大きな羽のついた帽子を被った身なりと言い、まさに絵本の長靴を履いた猫だ。昔絵本で読んだ。クンツァイトのメッシュの入った髪の毛の色からすると、さしづめクンツァイトは長靴を履いたサビ猫だろうか。

 ウヴァロヴァイトは、自分がそんな絵本を読んでいた事実に驚愕し、また、気を引き締める思いにもなった。

 気をつけろ。猫のようななりでも、あいつは自分と同じくらいに人を殺している。

 よいリーダーのライオンは、どのようなひ弱げな雄のライオンが近くに来ても対等と考える。差別しない。侮らない。見下さない。それらは排除に手を抜く理由になるから。

 子供も年寄りも関係ない。歯向かうなら全力で牙をかけるだけだ。


 クンツァイトはマントを翻しながら一周し、それから首を傾げた。


「それにしても、何故私を呼んだのであろうか? しかも、そこにいるのはウヴァロヴァイトではないか」


「ああ、はじめまして、とでも言うべきか? 雄ライオン同士の対面は、そんなものではないが」


「我々は人間である」


「おまえには、吾輩は猫であるの方がまだ似合いそうだがな」


 ウヴァロヴァイトはオパールをスプーンで指した。


「用事があるのは私ではない。そいつだ」


「初めまして。クンツァイトさん」


 王子様とは呼んでくれなかった。


「私は王子様と呼んでおくれ。レディ」


「はい。クンツァイトさん。お呼びしたのは他でもありませんわ。アルマンディンさんにお貸ししていたお金を返していただきたいのです」


 オパールは天使の如き笑顔でそう言った。

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