第12話
特大のマトリョーシカを手に取りながら、ジェードは改めて記憶をたどる。
「俺がこの部屋に来た時、既にアルマンディンは死んでおり、その遺体はバラバラに切断されていた。不足のパーツの有無は分からない。凶器の類いはなかった。犯人が持ち帰ったとみていいだろう。だけど、アルマンディンのそばにこいつが」
マトリョーシカを掲げて揺らし、チャロアイトに向ける。
「このマトリョーシカが落ちていた気がする。俺はそれを拾って、この棚のここに置いた」
「どうして其処に置いたの? ……嗚呼、そうか」
チャロアイトも寄ってきて、そのマトリョーシカを手に取った。
「マトリョーシカだもんね。この棚には綺麗にマトリョーシカが整列してる……全てのマトリョーシカが、一個一個、背の順に並べられている」
「そうだ。大きさと、空いてるスペースで、落ちていても、だいたいは何処に戻せばいいか分かる。焦っていたから忘れていたな、落ちていたこと」
「一応、何かの手掛かりかもしれないから、持っていってみる?」
チャロアイトの提案を飲んで、ジェードは特大のマトリョーシカを小脇に抱える。想像すると不格好というか、真面目に捜査をしているとは思えない様相だった。
さて、こちらは共有スペース。
真珠とウヴァロヴァイトが、咽ぶような鮮血の香りに包まれ、呑気に食事をしている、そこにオパールが現れるところから彼等のシーンは再開する。
オパールが到着した時、ジェードがいた段階と比べて、三体ほど他殺体が増えていたが、それは兎も角、兎も角、等と言うべきではないのだろうが――実際、人が内臓をぶちまけて死んでいる訳だし。オパールは、「きゃっ」と言う悲鳴の一つも上げず、ローファーで、つかつかと入っていき、にこりと頭を下げて椅子に座ったのだった。
あとから、オパールが、あら悲鳴を上げた方がアイドルらしくて可愛かったかしら、と思ったというのは、また別の話。
唐突にやって来たオパールに、ウヴァロヴァイトも、真珠も、反応を示さず食事を続けていた。
だが、ウヴァロヴァイトの御付きとしては、矢張り黙っていられなかったのだろう。オパールに事情を訊き、そして、ジェードとの先のやり取りを堂々と説明され、困惑するというありさまだった。ウヴァロヴァイトは、矢張り彼女を怪しんだが、しかし始末してしまおうと武器に指を掛けたところで、
「これからクンツァイトさんと此処で話し合いするのです」
と、言う台詞で武器を取り出し、予定通りオパールを始末する代わりに、手入れを始めた。
「雄ライオンは群れを嗅ぎまわる他の雄を許さないのだが」
同業者で、他の界隈をまとめるクンツァイトとウヴァロヴァイトが、仲が良い筈はないのだ。
しかし、これほどまでにギリギリのラインでオパールが命拾いするのは、矢張り他者に対して、何らかの訴えかける魅力があるのかもしれなかった。アイドルは天職なのだろう。
フライドポテトを食べた後、ウヴァロヴァイトは真っ赤な舌で指を舐めながら微笑んだ。
「オパール。おまえは金が好きなんだろう? 何故そんなに金が好きなんだ? おまえほどの大物の女なら、金だけにこだわらなきゃ、もっとデカいことが出来る。勿体無いぞ」
すると、軽く腰を上げ、その細い手首にそっと、撫で回すように触れながら、オパールはすっと首を傾げた。
「よく、皆さま、人の価値や人生はお金ではないとおっしゃいますけれど、ならば、人の価値とは、人生とは何なのでしょうか。ウヴァロヴァイト様、教えてくださらない?」
「人生か……」
「貧乏人こそ、妬み、嫉みを露骨に持っていますわ。それで、頑張って結局生きたって何も手に入らない惨めな人生……もし本当にお金があったら不幸になるとしたって、貧乏でも不幸になるのです。だったら、どうせなら私、金持ちの不幸を味わいたいですもの」
オパールはうっとりと目をハートにしてウヴァロヴァイトの手の甲を自分の頬に添えた。
「だいたい、お金が人を変えてしまって、不幸になるなんて、そんなの使い方が下手な馬鹿の台詞だと思いませんこと? あなたのように賢い殿方なら平気だわ。人生とはお金ですのよ。お金はその人の人生についた値段なのです。」
「それは一理ある。ならば、雌ライオンの価値は生む子の数なのだろうか、それとも、狩りで雄に役立つことか……」
「私達、人間ですのよ。いずれにせよ、無償で与えて良いのは愛だけ。私、御奉仕致しますよ。如何かしら……」
「如何かと言われてもな。私は酸のプールに入るのはごめんだ」
ウヴァロヴァイトが苦笑して空いた手でしっしっとすると、オパールは頬を軽く膨らせて離れた。
其処にブーツの靴音が近付いて来る。
クンツァイトだ。オパールにとっては金の近付いて来る音に聴こえるだろう。
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