第10話

 何だか、ちょっとその人に詳しいと、すぐに仲良し認定されるのが嫌だった。億劫だし、実際、そんなに仲良くないのに、仲良く振る舞わなければならなくなる。この場合はそうしないとルチルに失礼になる。

 まぁ、そんなこと、逆にルチルにとっては如何でも良いことなのかもしれないが。


「でも、そんなに警戒し合わせなくても大丈夫だよ」


 チャロアイトはルチルとジェードの間に入り、二人の肩を抱いて来た。


「ルチルさんがジェードを殺そうとしたらルチルさんを、ジェードがルチルさんを殺そうとしたらジェードを、僕が殺すからさ……ね?」


 そう笑い掛けながら、ルチルの白い手首に金色の腕輪を着ける。それを見て、本当に、ほとほと、嫌気が差すジェードであった。

 ああ、そう、此奴はこう言う奴だった。

 イカれていて、手が出せない。

 しかし、そんなことは言っていられない。こう言う奴は、きっちり従えて、上手く使えば最大の武器になる。


「それで、この後どこに移動するの? 何を調べるの?」


「……現場百遍と言うだろ。俺は一度、アルマンディンの部屋に戻ってみようと思――」


 言い掛けたところで、はっと足を止めて顔を上げる。

 其処に、息を呑むような相手が立っていた。

 ピンクモカの長髪。すらりと伸びた足。そして可憐なピンクのセーラー服。

 しかし、ジェードが足を止めたのは、彼女が美しいからではない。

 彼女が非常に危険だからだ。


「あら。管理人の……ジェードさん。でしたかしら。ふふ。御機嫌よう」


 彼女はオパール。

 ぺこりと頭を下げた後、右耳に左手でピンクの髪を掛け直した。


「久しぶりだね、オパール。元気そうで良かった」


 チャロアイトが、すぐさま寄って行く。ジェードには彼が尾を振っている柴犬に見えた。

 オパールはミニスカートの裾をちょっと摘まんで、


「御機嫌いかがですか? チャロアイトさん」


 と、小首を傾げた。


「もっとも、チャロアイトさんの大事な友人が殺されて、その捜査では、御機嫌がよろしい訳ありませんわね。不謹慎なことを申し上げて申し訳ありません」

「……何で知ってるの?」


 チャロアイトの黒い目がジェードを見て来る。もう教えたの? と、言わんばかりだ。

 いや、教えていない。基本的に、吹聴しては回らなかった。今となっては無駄な警戒であったが、この失態を出来る限りウヴァロヴァイトに見つかりたくはなかったし、大きく言って回れば犯人に悟られ証拠を隠滅される可能性が大きいと思ったからだ。

 首を左右に振ると、オパールはにっこりと微笑んで自分の頬に手を当てた。


「勿論、アルマンディンさんが亡くなったことは存じ上げています。そのことに関して、私、少しお話したいことが御座いますの。聞いてくださるかしら?」


 気を付けなければならない。と、ジェードはもう一度、改めて思う。

 彼女は、彼氏の金銭を散々たかった挙句、向こうに金がなくなったとみるや、硫酸だか塩酸だかのプールに放り込んだ女性なのだ。

 それも、男性の遺体が見つからない今、噂以上にはなりえないのだが。

 オパールの数メートル後ろに、背の高い男性がついている。オパールは、無論、オパールと言う名前では無いが、売れっ子のアイドルなのだ。

 彼女は、金が何よりも好きで、どうすれば自分が愛され、金が貰えるのかを知っている。


「アルマンディンに関して……? 相談もなにも、おまえとアルマンディンは、ほとんど関わりなんてなかったじゃないか。フリースペースで話してるところすら見たためしがない」


「いいえ」


 ここはやたらはっきりと、体を前傾姿勢にしてまで、オパールは否定してきた。


「私はアルマンディンさんにお金を貸しておりました」


「金を? 幾らだ」


「六百万円です」


 六百万円。ジェードは声に出さずに復唱する。

 そんなに高額ではないが、代わりに払ってやるには不愉快な金額だ。


「アルマンディンさんはもうお亡くなりになりましたし、お返しいただけないですか。私にとっても大事なお金です。御家族がいらっしゃるなら教えてください……」


「そんなの知らない。このマンションの住人にそんなものいる奴がいるんだろうか」


「或いは御友人である貴方方、友情の証として肩代わりなさいますか?」


 その時だった。

 空気を裂くような音に慌ててジェードが伏せた直後、どさりという重い音、顔を上げると案の定、オパールが――

 いや。

 オパールのマネージャーらしき男が目も開いたまま血をぶちまけて倒れているのだった。


 発砲したのは、ルチルであった。

 先程のオパールの話を聞き、金を貸していたなんて、如何にも怪しい、アルマンディンを殺害したのはオパールである可能性が生じたため、撃った。さしずめ、そんなところだろう――仮に、アルマンディンの一件に関わっていなかったにせよ、アルマンディンの死についてオパールが言いふらすかもしれない、またはアルマンディンの代わりに金をせびるかもしれない、と考えれば、今ここでオパールを始末しておいて、何ら損はない。それを、この一秒でルチルは考えた、手を下したというだけだ。

 それは理解できる。

 しかし、ジェードはルチルの足にまとわりついて、彼女を止めた。


「やめろ! まだ、オパールのバックに誰がついてるかも分からないんだぞ! しかもこいつは有名人だ、下手に殺せば足がつく。それに、始末するならバックを調べないと」


 そうなのだ。

 このような色気を売り物にする女には飼っている男がいる場合すらある。その男次第では、逆恨みされる脅威を考慮すれば攻撃するのは非常に危険だ。

 そもそも今撃った男がマネージャーなのかも、今、手を広げて目を開いて上向きに倒れている彼を見れば、断言できそうになかった。盾として買われただけの男なのではないか?


「さぁ、選んでくださいな」


 オパールは飛び散った血で真っ赤に汚れた頬に両手を宛がい、微笑んでいる。

 仮にも先まで知り合いだった男を盾にし、それが脳をぶちまけて死んでいるのに、彼女は笑っているのだ。


「どなたが私にお金を支払ってくださるのです?」

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