第9話
フリースペースを出た瞬間、ジェードは両手で頭を抱えた。
本当に何だってアルマンディンを殺した犯人はこのマンションでなんか事件を起こしたりしたのだろう。やるなら他所でやって欲しかった。切実に。
このマンション内で起きたことを、如何に一瞬であろうと、ウヴァロヴァイトに隠せるはずなんかなかったのだ。
このマンションには確実に中をウヴァロヴァイトとその部下が観察している。今時の電気機器を使えばそんなことは簡単だ。
しかし、そんなにウヴァロヴァイトまで見ているのに、犯人は本当に、どのようにしてアルマンディンを始末したのだろうか? その、ウヴァロヴァイトの推理のとおり、何かのマニアがやったとして。エアー着ぐるみは確かに軽く、三キロくらいだが。充分、動けるが。
それにしたって、怪しい。
アルマンディンが部屋に招き入れず、怪しんでも良いはずだ。
ひょっとして、とジェードはハッとなる。
このマンションで事件を起こした理由は、ほかならぬジェードに対する嫌がらせだったのではないか。
ジェードを貶めて、命を奪いたいという輩が、アルマンディンを――
いや。
ジェードは首を横に振った。
それは無い。
恨まれる覚えはごまんとあるが、そのためにこのマンションに入ってまで頑張ろうとしなくても、何度だってジェードを他所で狙うチャンスはあるから。
ちくしょう。本当に犯人は誰なんだ。と、廊下のゴミ箱を蹴飛ばす。中身のゴミが散らばると同時に、全く無意味な動作をしてしまった結果、怒りが増す有様だった。
モノに当たって解決するようなアホみたいな問題では無い。
チャロアイトが大急ぎでゴミ箱を起こして散らかったゴミを入れる。尽くしてくれるチャロアイトは有難いが、友人のために何でもすると言うなら、ジェードを友人と言うなら、アルマンディンを始末した犯人として嘘でも良いから今直ぐ名乗りでて、死んでほしかった。
そうだ。
その作戦があるではないか。
いざとなれば――犯人をでっち上げてしまえば良い。
犯人だと名乗れば生かしてやる、とでも脅せば良いだろう。無論、嘘がばれたらマズいから生かさないけれど。
しかし、そんな浅はかな思考を見破るように、ルチルが見て来るので、行動に移せなかった。
それにしたって、ジェードにとって気味が悪いのは、貸し出されたルチルであった。先程から少し後ろをついてくるが、一度も話していない。それどころか表情筋ひとつ動かしていない。
彼女が何を考えているか、分からないことが――いや、皆目分からない訳ではない。少なくとも、彼女は全く味方なんかでは無いのだ。ウヴァロヴァイトの指示、ジェードたちが逃げようとした際の始末を遂行するためについてきている。
「ルチルさん、手伝ってくれて、ありがとう」
しかしチャロアイトは平和だった。
ルチルの顔を覗き込んでそんなことを言い、笑っている。何をしているのだろうか。
脳内が花だらけでどうにかしてると思う。お前だって殺されるかもしれないんだぞ、分かっているのか、と思うが此処で言うこともできない。
「チャロアイト、その女に何を言っても無駄だ」
「この世で無駄な発言なんて一つも無いと思うけど
「何を話し掛けても応答はない」
「でも聞こえてはいるんでしょ?」
チャロアイトは未だ、にこにこしている。後ろ手を組んで、ルチルを覗き込みながら。
「聞こえていないのなら、僕が此処で声を出していても、それこそやり方を変えなければ無駄になる……例えば手話だとか、口話をしやすいように話すとか。それが出来ないんじゃどうしようもないよ。でも、声が聞こえてくれているなら、返事の有無は関係無い。僕の言葉には意味が生まれる」
しかし、ルチルは何も話さなかった。それどころか眉一つ動かさず、チャロアイトを見ることすらなかった。
「ルチルさんは、さっきのウヴァロヴァイトさんの部下の人なんだよね……もう何年くらい勤めてるの?」
一方、チャロアイトも全くめげる気配が無く、主にどんな任務をしてるの、とか、好きなものはある? とか、質問を止める気配がなかった。
当然のように、ルチルは答えない。
何だか可哀想になって来て、いたたまれず、ジェードが知り得る質問は回答した。
「ルチルはもう、俺が来る前から、彼の部下なんだ」
「ジェードは何年くらいウヴァロヴァイトさんの部下なの?」
「俺は部下って訳じゃ無い。息のかかった小間遣いって感じか。それでも俺は義務教育を卒業するより早く手先に入った。皆、若くからやってる。思考の刷り込みは早い方が良いというのが、うちの組織の判断だからな」
「英才教育みたいだ」
「ルチルはどんな仕事もする。命令に忠実に、素早く仕事をこなす。料理から掃除、人間の掃除までな。そして、ルチルが好きなのは武器だ。古今東西、様々な武器を集めている」
「ジェード、詳しいね」
くすくす笑われてむっとした。
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