第8話

「部下はいくらでもいる。ライオンの群れのリーダーには複数の雌がつくものだ……」


「僕たちは人間だけど」


チャロアイトの突っ込みは、発言通りに手近に何人もへばりついている女の部下の髪を撫で、聞き流すウヴァロヴァイトであった。


「他の部下を貸そうと思ったが、思いのほか、話してみたら、チャロアイト、お前がなまくらなんでな…私の一番の部下であるルチルを出してやる。ルチル、抜かるなよ。捜査から逃げようとしたら、仮にジェードだろうが蜂の巣にしておけ。そのあとはベロニカの餌として捨てて構わん」


ルチルは瞬き一つで、それの返答とした。

そう言えば、ジェードが口を利いたところを見たことがないのは、真珠の弟だか妹だか知らないがその子と、ルチルも同じである。

一応、ウヴァロヴァイトの部下の端くれであるジェードは、彼女にも面識があるものの、声すら聞いたためしがないのだ。


「ねぇ、ウヴァロヴァイトさん」


チャロアイトは無邪気に、ずっと座りっぱなしのウヴァロヴァイトの太ももにお手みたいに両手を乗せた。こいつは怖いものがないんだろうか。まさに赤ん坊はライオンを恐れないと言うが、それは無知ゆえに他ならない。


「どうしてあなたは、そんなに偉いの、そんなにたくさんの命令が出せるくらいに。僕には友達はたくさんいるよ。でも立場は平らだ、部下はいない」


すると、ウヴァロヴァイトは、ひじ掛けに頬杖を突いて目をぱちりと瞬いた。


「私も偉いわけではない」


ジェードは、ほうと息を吐いていた。意外な回答だったからだ。

「人間に優劣はない。私が偉いから誰かを撃って良いわけではない。万が一偉くても撃ってはならない。私は、自分が、これっぽっちも正しいことをしていないと思う。しかも強くすらない……見ての通り私は椅子から立ち上がらない。食事の一つすら部下が運ばなければ……餓死するのみなのさ」


そこへ運ばれてきたコンフィを、ウヴァロヴァイトはわざとテーブルにぶちまけた。


「だが、それはみんな同じだ。この世に正しい人間はいない、高尚な考えがあろうが、人間は平等に無価値で、ライオンを前にすれば餌になるだけの存在。だったら、私が生き残ったって良いじゃないか。歩かない私が生き残り、几帳面な部下が死んだって。生きる価値があるからではなく、正しいからですらなく」


前言撤回。

これ以上なくウヴァロヴァイトらしい回答だった。

ルチルが飛んでいって、黙ってテーブルを拭いている。彼女は何故ウヴァロヴァイトに従うのだろうか。


「んー」


チャロアイトは目を閉じて唸っている。


「それはつまり、立場がフラットなんだから、僕がウヴァロヴァイトさんをやっつけようとしたり、ウヴァロヴァイトさんに命令したりして良いってこと?」


「勿論構わない。しかし、私は命令される前、攻撃される前にお前の息の根を止めるよ。私に立ち向かうものを私は消し、必ず王者の座を守る」


ウヴァロヴァイトはまた運ばれてきたプリンにスプーンを突き立てた。


「私はたまたま、目の前に来た始末したいと思うやつを思うままにやっていたら、この座にいただけさ」


 ちょうどウヴァロヴァイトの演説が止まったところで、真珠がひょいとチャロアイトを覗き込んだ。


「お友達皆に配ってるなら、僕にもその腕輪くれるかい?」


「あれ? 未だ渡してなかったっけ? 勿論貰ってよ」


 真珠は無邪気に小さく歓声を上げながら腕輪を受け取った。

 血だらけの室内で呑気にプリンを食べているウヴァロヴァイトが、


「まぁ、また何かが分かったら伝えるよ。アルマンディンの交友関係、そう言った類のことを部下に調べさせておく。事件は決まって友情や愛情の果てに起こる。だから私は友達など作らないのだからね」


 と、言うのに合わせて、ジェードとチャロアイトはフリースペースを後にした。

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