第4話

 ジェードがマンションの管理人としてマスターキーでアルマンディンの部屋に入った時、とっくにアルマンディンは死んでいた。

 このマンションの構造は全室同一、先述のとおり、部屋は一室しか無くぶち抜きだ。チャロアイトが木を植えたりと、狭くは無いが、玄関を開ければ視界を遮るものは無い。

「バラバラにされてたってことは、遺体の切り口から凶器が分からないかなぁ」

 チャロアイトはアゲハ蝶のタトゥーをぽりぽりと掻きながら呟いた。

「僕らみたいな職業のは、ほら、凶器にもこだわりがあるから。凶器が分かっちゃえば、誰がやったのかも、分かっちゃいそうなものかなぁって。安易?」

「安易では無い、かもしれない、が、俺はよく遺体を見なかったんだ。兎に角早く消し去ってしまわないと、自分の身が危なかったからな……」

 ジェードは二の腕を摩る。自分の上司を思い出すと、寒気が止まらなかった。

「落ちていた肉片を拾って、ベロニカに食わせた」

 名前を口にしてもベロニカは来ない。彼女はペットでも協力者でも無い。あの日、無許可で死なれてマンションの査定を下げられたうえ、家賃も回収できなかった自分より、優秀な仕事人だ。

 ジェードは目を閉じて静かに息をした。

「正直、動揺していて、身体のパーツが揃ってたかも分からない」

「ジェードが動揺なんて面白いね。可愛いね」

「そう言うテンションじゃ無いんだ。下らないことを言うくらいなら黙っててくれ」

 チャロアイトは露骨にしゅんとなる。面倒臭くなって来た。


 ジェードは目を隠す前髪を掻き上げ、チャロアイトに顔を近付けると軽く睨んだ。


「大体俺は嫌いなんだよ。何でもかんでも可愛いって言う奴はな。知能の底が知れる。その単語を使って許されるのは女子の小学生までだ」

「男女差別だ」


 頬を膨らすチャロアイトを指差し、更に続ける。


「男女差別って言うのも陳腐な言い回しだよな。本当の男女差別の意味も知らず、何でもかんでもそう言っておけば良いと思ってる奴等ばっかりだ。それともチャロアイト、可愛いと褒めておけば『親近感が増した』と俺に錯覚させることが出来、距離を縮められるとでも踏んだか?」

「僕はそんな難しいこと考えてないよ。頭だって良く無いんだ」

「頭が良く無いから考えなくても済む、なんて甘ったれるな。疲労と馬鹿は言い訳にならない。馬鹿でも考えるべき事態は考えるべきだ。自力で、真剣に。言っておくが、チャロアイト。アルマンディンの死が俺の上司に伝わったら、お前だってタダじゃ済まない可能性もあるからな」

「どうしてさ!」

 チャロアイトが柴犬みたいな目を真ん丸くして両手を挙げた。

「僕は何もやってないよ」

「やってはいるだろう。アルマンディンを手に掛けて無いにせよ。仕事が仕事だ。それ以前に、何も関係してなくたって、アルマンディンが此処で死んだ時点で、このマンションの住人は皆始末されるかもしれない。犯人を捜すより早いと思えば、全員消した方が早いと踏むかも」

「そんなぁ。僕は友達をこよなく愛して大切にする、非常に温厚な……あ、そうだ」


 此処で思い出したように、ぽんと手を叩く。ジェードは首をこてんと倒した。


「何だ、急に」

「今の話題で思い出した」


 笑いながら、チャロアイトは後生大事に持ち歩いていたスーツケースを地面に置く。がちゃ、と重い音をさせて蓋が開くと、その気は無しにジェードも目を其方へやった。太めの金のバングルが幾つか入っている。


「僕、アクセサリー作りが趣味なんだけど。皆に一個ずつあげようと思って、一週間前から、ちまちま手作りして、量産してたんだ。ベロニカの手には嵌められないから、此処に置いて行くね」


 チャロアイトは椅子にバングルを置く。

 ちょうど、そのタイミングだった。

 ジェードの左肩の方から、真っ白い髪の青年が、にゅっと笑顔を出して来た。

 この角度だと彼の千切れた右耳が良く見える。

 皆は彼を指して真珠と呼ぶ。腰に差した機関銃と派手なピンク色の着流し、襟足を伸ばしっ放しの白髪のミスマッチなセンスは兎も角、「真珠郎」をモデルに真珠とニックネームを名付けられただけのことはあり、このマンションでは図抜けた色男だ。睫毛なんか真っ黒で、ひさしになりそうなくらい長い。


「こんばんは、鬼太郎」

「俺はジェードだ」


 変な名前で呼ぶな、と何時も言っているが、この繰り返されたやり取りすらも面倒臭くなるほど、慣れない捜査に嫌気が差して来た。

 あ、真珠、ってチャロアイトが寄って行って、二人できゃっきゃと始める。柴犬とマルチーズがはしゃいでいる様に、ジェードには見えた。此処はお花畑か何かだったか――それともお花畑は此奴らの脳内か。

 放っておいて何処かに行こうかとすら思い始める。

 が、状況は真珠の次の一言で一変した。


「あ、鬼太郎、そうそう、言い忘れるところだった」

「どうせ大した用事じゃ無いんだろ」

「ちょっと、怒ってるの? 僕は鬼太郎とチャロちゃんのデートを邪魔しようって来た訳じゃ無いんだよ。お客さんが来てるよ、って教えに来たんだ」

「客」


 ジェードは自分の頬が引き攣るのを感じた。

 自分の所に来る客は一人しかいない。たった一人。

 例の上司だけだ。

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