真実から目を逸らしたい旦那様
ベッドで体を起こし食事をするオリヴィアを労わりながら、レオンはそのベッドの脇に用意されたテーブルでいつもとは違う特別な夕食を味わった。
オリヴィアにはベッドの上でも食べやすく、それでいて体に優しい料理を。
体を労わることを優先するあまり食欲が失せるような味気ない料理にもならぬよう、それはよく配慮されて小皿が並ぶ。
レオンにはオリヴィアに刺激を与えることのない優しい香りの料理を。それもレオンの希望通りに一度の配膳ですべての料理を提供しても味が落ちぬようよく考え選ばれたものだった。
レオンは使用人らに賛美を送る気持ちが芽生えたこと自体が、とても久しいことに気付く。
自分がどれだけ邸のことを蔑ろにしてきたか、それが今回の問題に繋がっていたことを改めて実感すれば、オリヴィアに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
一方で、料理人たちに褒美を与えるか、オリヴィアと相談して決めたいところだな、いかにも夫婦らしい行いだぞ、とも考えているまだ幸せな男である。
その幸せな気持ちが勝り、食事中にはあえて他愛もない話題を選んだレオンは、好きな色は何か、好きな花は何かと尋ねてはオリヴィアを何度も悩ませた。
それさえレオンは幸せだったようで、それは締まりのない顔で迷う妻の姿を眺めていたものである。
それから二人は食後にお茶の時間を取ることになった。
寝てばかりいて体を起こしていたいオリヴィアと、もっと妻と過ごしたいレオンの気持ちが一致したためだ。
ここでも用意されたのは、オリヴィアのためを想う体に優しいハーブティーだった。
公爵家の使用人たちが本来の仕事振りを発揮すればこれくらい当然のことであり、今までが幾分もおかしいのだが、またレオンは褒美について考え始める。
使用人らを労うときには、いつも妻と共に。
考えながらオリヴィアを見やれば、昨夜よりずっと良い顔色をしてオリヴィアは美味しいと喜んでいた。
レオンの顔はいよいよ溶け出しそうに綻ぶ。
だがそろそろ本題に入らなければ。
レオンはもう明日でいいような気がしていたが、それでは駄目だと己を諫め葛藤していた。
先延ばしにしていいことにはならないが、どうしても避けたい気持ちが生じるのは何故か。
カップの中身を半分に減らしたあと、レオンは断腸の想いで妻に切り出した。
「昨夜話したことについて、もう一度話をしてもいいだろうか?」
するとオリヴィアがすぐにおかしなことを言い始める。
「侍女長さんから聞いてくださいましたか?」
「ん?」
「あ、いえ……違うのならばいいのです」
侍女長の呼び方もおかしいが。
それよりオリヴィアの曇る顔色に、先行きに暗雲立ち込める気配を感じ取ったレオンだった。
何故か無性に嫌な予感がしてならない。
自分はこれを避けようとしてきたせいで、今回の事態を招いてしまったような……。
「侍女長を通して俺に何か伝えるように頼んでいたのか?」
「いえ、違います。ただ……少し相談をさせていただいたので」
「相談?それは俺には出来ぬ相談か?」
「いえ……昨夜は長くお時間を頂き本当に申し訳なかったのですが。私の分かりにくい説明ではいくら話そうとうまく旦那様にお伝えすることが出来ないと思いまして。だからといって何度もお時間を頂くのは申し訳ないですし。それでどうしたらいいかと」
下がらせた侍女長を呼び出すか、一瞬迷ったレオンだった。
だがこれ以上この問題に関わらせることが癪に障るレオンだ。
夫婦の重大な問題だから、二人で解決したい。
という狭量な気持ちをレオンはすでに抱え込んでいる。
「俺も昨夜の件で言っておきたいことがある。侍女たちがオリヴィアに嘘を吹き込んでいたことが分かった」
「え?」
「だからその……俺に愛妾などは存在しない。どうか信じてくれ。本当だ」
レオンは分からない。
何故したこともない不貞の言い訳をしているような気分にならなければならないのか。
信じてくれと語るほど嘘くさい人間はいないと思ってきたが、どうして自分が今、それを口に出しているのだろう。
それも妻を相手に。
それも新婚の甘い期間にだ。
本当に何故なのだ?
「あの……大丈夫ですよ?」
「その大丈夫は違う意味だろう!」
レオンはつい力強く言ってしまい、オリヴィアがびくっと肩を揺らしたのを見て強く後悔しても遅いのである。
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