妻に癒される旦那様
「あぁ、オリヴィア。調子はどうだ?どこも辛くはないか?」
部屋に入って来るなり、オリヴィアの横たわるベッドへと一直線に向かったレオンは、自ら椅子を引いてオリヴィアの側に腰かけた。
「はい。どこも何ともありません」
にこりと微笑まれただけで、荒ぶる感情がさーっと引いていき、代わりに温かくてぽかぽかとしたものに満たされたレオンは、自分でも知らず微笑んでしまう。
だがそんな笑みを零すレオンの顔を見て、オリヴィアは不安そうに瞳を揺らしては、そっと手を伸ばすのだった。
突然のことに、レオンは今、何が起きているのかを把握出来ない。
「くまが出来て……やはり眠れなかったのですね?」
触れた指に驚いて返答までに間を空けてしまったレオンは、急いでこれを否定した。
「そんなことはないぞ、オリヴィア。今日は仕事で疲れることがあったから、それが顔に出てしまったのだろう。俺はこの通り元気だが、療養中に不愉快なものを見せてすまなかった」
睡眠不足は否めないレオンであったが、今日の疲れは別の理由によるところが大き過ぎた。
「酷くお疲れなのですね」
さっと引かれ離れて行ったオリヴィアの手を追い縋るようにして、レオンはその手を握り締める。
オリヴィアは驚きを示してはいたが、頬を染めるでもなく、悲しそうに続けるのだった。
「旦那様は疲れるほどにお忙しくされているというのに、私は寝てばかりで何のお役にも立てず……」
レオンは取った手をぎゅっと握り締めて、安心させようとその笑みを深める。
「俺が寝ていてくれと頼んだのだから、それでいい。それより、オリヴィア。元気があるなら、共に食事をしようと思うがどうだ?」
途端にオリヴィアの顔が青ざめていった。
レオンはゆったりと首を振って、また一段と笑みを深める。
先まで遠くの部屋で見せていた顔を知る者ならば、このレオンは別人として見間違うであろう。
「朝とは違う食事だから安心してくれ。昼にも食べたであろう?夕食もまた昼と似たような感じになるぞ」
自分だけ別メニューとは申し訳ない。
別メニューならば、用意が大変だろう。
共に食事をしてはご迷惑では。
私のせいで本当に申し訳ない。
と、相変わらずオリヴィアはレオンを含め各方面に謝り続けたが、レオンはこれを優しく諭すばかりで、決してオリヴィアの謝罪を否定することはなかった。
すでにこの部屋に入ってから謝ってしまっていたレオンには約束したのだから謝るなと言う資格がないし、そんなことで変に萎縮させて発言を選ばせるよりは、レオンは素のままの妻とただ食事を楽しみたかったのである。
今朝のことがあっては、レオンには今度こそという想いが強い。
それに今のレオンには、ゆっくりと時間を掛けて妻と話さねばならないことがあり過ぎた。
今日だけで多くの事実を知らされたことで、昨夜はまだ見えて来なかったオリヴィアの発言の意図が今のレオンにはありありと理解することが出来ている。
そうなれば、妻の考えを否定するのではなく、正しいものへと置換しなければならない。
共に食事を取ることを粘り強く説得して妻に認めさせたレオンは、空気のように気配なく側に控えていた執事長と侍女長に早速指示を出した。
すると恐ろしい速さで、その場が整えられていく。
今日のうちに厨房の者らから聴取を行うことになったのは、レオンにとって誤算であっただろう。
だがレオンは、結果として素晴らしい味方を得ることに成功していた。
食事の準備が整うまで、レオンはぼんやりと甘えた考えに浸りながら、灯りに揺れる妻の瞳に酔いしれた。
ひとときの癒しを得て、レオンの快進撃が始まろうとしている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます